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ナマステに笑顔を添えて  (第六章・農夫のミルクティー)

なぜか福岡


 翌日もヒマラヤは姿を見せてくれなかった。
 朝食を食べていたときは曇っていたので、今日のスケジュールをどうしようかと迷っていたが、9時頃から急に晴れ間が見えてきたので、サランコットの丘までハイキングをすることにした。
 ここはポカラから手軽に行けるトレッキングコースで、ヒマラヤの眺めが素晴らしいことで有名だ。
 今のレイクサイドからその姿が見えていないので期待はできないが、ここまで来たらトレッキングの真似事くらいはしたくなった。
 
 サランコットへの登り口は旧市街にあり、そこまではタクシーを使うことになる。
 ホテル前にたむろしてた運転手たちは、かなり高額な運賃を要求するので交渉が決裂し、たまたま通りかかったタクシーに交渉をしたら適正な運賃だったのでそれで向かった。
 ポカラの町はマオイストの事件も多発している場所で、王室の別荘もあることから、町中の警戒はかなり厳しかった。
 それでも、検問所の兵士と運転手が友達とのことで、「ヨッ!」 の一言ですんなりと通過できてしまった。
 
 サランコットへの登り口は普通に舗装された道路だった。
 ここから頂上までは2時間ほどで登れると、タクシーの運転手やホテルのフロント氏は言っていた。
 この舗装路は頂上付近まで続いているので、道に迷う心配は無さそうだ。

 歩き始めてすぐに、ガードレールに腰をかけていた二人の若者が、片言の日本語で声をかけてきた。
 「ニッポン人ですかぁ?」
 「そーだよ」
 「フクオカですか?」
 「なんで? 普通、こういう場面では 『東京ですか?』 って聞かれるんだけど…」
 「フクオカに住んでないの?」
 なぜ福岡?…
 「君は福岡に行ったことがあるの?」
 「トヨハシにトモダチいますぅ〜」
 へぇ? 今度は豊橋… 福岡はどうしちゃたの?
 「福岡と豊橋と埼玉は、とっても離れてますよ」
 「そうですか…」
 少しガッカリした表情だった。
 「ワタシたちのハウスはサランコットにありマス」
 「ふ〜ん、で?」
 「イッショに行きまショー」
 「とか言って、福岡君たちはガイドなんでしょ?」
 サランコットでは押し付けガイド≠竍自称ガイド≠ェこのようにして強引に道案内をし、あとで金銭を要求するそうだ。
 カトマンズのホテルスタッフやチトワンのピーノさんから、「くれぐれも気を付けなさいね」 と言われていたのですぐに分かった。
 「ワタシたち、バック・ホーム。ノーガイドね」
 「ふ〜ん、ならいいけど…」
 と福岡君たちの様子を伺いながら、一緒に歩き始めた。
 するとすぐに、
 「この建物は、ジョースイジョー (浄水場) で〜す。この周辺の村のヒトたち飲みま〜す。晴れテレバ、アンナプルナ、あの辺に見えます。今日ハ、雲イッパイでアンラッキーね。アンナプルナの高さは…」
 「おいおい! ちょっと待った! 思い切りガイド≠オてるじゃねーかよ〜!」
 「ノープロブレムね」
 「ノープロブレムじゃねーよ! 俺にはプロブレムだよ!」
 しばらく進むと道が大きく分岐していた。 
 「今日ハ、山がベストビューのコースを歩きましょー。ヒルトップまで4ジカンくらいね。コッチですよ」
 「は〜? 何で4時間もかかるの? それにそっちは方向が違うんじゃねーか?」
 「みんな、ノボル道、バッドビューね。あなたトモダチ、スペシャル・ルートね」
 「俺、友だちじゃないけど… それに、空には一面の雲でどのルートで行っても眺めは同じじゃねーか?」
 方向違い、しかも急斜面の道を行こうとする彼らに、大きく手を振って別の道を行こうとすると、彼らは叫んだ。
 「ダイジョウブ! やすいよー!」
 って、
 「おいおい、何が 『安い』 んだよ!?」
 ここで彼らのボロが出た。

 道の分岐に老人が座っていたので、
 「サランコット?」
 と、福岡君たちの行こうとする道を指差して尋ねた。
 すると、老人は大きく首を振って、もう一方の道を指した。
 福岡君たちはバツが悪そうにすごすごと引き返して行った。



暖かな村の道


 正規のルートは決して眺めが悪いわけではなかった。
 雲の合間から時折、アンナプルナの山々がひょっこり顔を出すこともあったし、ポカラの旧市街が手に取るように望める場所もあった。
 暖かな日差しに包まれたのどかな村を抜ける道は、すれ違う村人たちと挨拶を交わしながら行けるので、例え眺めが悪かったとしても楽しい道である。
 道路の分岐では 「サランコット?」 と村人に一言聞けば、先ほどの老人のように正しい道を指差してくれた。

 途中から高校生くらいの女の子たち6人の一行と一緒になった。
 ポカラに住んでいる彼女たちは、片言ながら英語が話せたので、簡単な会話をしながらの楽しい登山になった。
 だが、この道は結構キツイ! かなりの傾斜があるのだ。
 いや、これは日頃の運動不足のせいだな… と思ってみたが、村人たちも、少し行っては休みを繰り返しながら登っていた。
 たまに欧米人を乗せたタクシーがものすごい勢いで追い越して行ったが、そのたびに、
 「ここで手を上げて車に乗っちゃおうかな」
 と、挫折しそうになった。
 しかし、ポカラの女の子たちを前にして、日本男児の意地を見せなくてはならない。
 「こんな丘ごとき、何ってことはない!」
 と自分にムチ打って、一歩一歩登って行った。

 1時間半ほど歩いた場所が車道の終点になっていた。
 ちょっとした駐車場と展望台がある。
 「サランコット、ヒルトップ (頂上) ?」
 と茶店の人に聞くと、
 「30ミニッツ (あと30分) 」
 と、遥か遠くの高い場所を指差さした。
 その方向には大きな展望台らしき建造物が見える。
 「ひえ〜、まだまだだぁ・・・」

 水分補給をし (ここの水は町の2倍の値段だった)、気合を入れて歩き始める。
 すると、一人の男が英語で声を掛けてきた。
 「私は頂上に家があります。一緒に行きましょう」
 って、おいおい、またかよ・・・
 「ふ〜ん、で、君は鹿児島君? それとも旭川君かな?」
 「???」
 「まぁ、何にしてもノーガイド!≠セよ」
 彼はすぐに諦めた。

 しばらく急斜面を登っていくと集落があり、ここから頂上までは延々と石段が続いていた。
 これが今まで以上にきつかった。
 先を見ずに、足元だけの一点を見つめながら黙々と登る。
 
 出発して2時間で、やっとサランコットの展望台に到着した。
 しかし、相当の苦労をしてここまでやって来たのに、山の姿はまったく見えなかった。
 出発する時に覚悟はしていたが、それでもこんなに苦労をして登ってきたのだから、ほんの少しはその雄姿を見せて欲しかった。

 この展望台は有料で、入口にいるお兄ちゃんが切符を売っていた。
 こんな天気だからであろうか、展望台には自分以外の観光客は誰もおらず、ヒマを持て余していたお兄ちゃんがやってきた。
 彼は独学で1年間勉強をし、日常会話程度の日本語が話せた。
 「晴れていればこの辺にアンナプルナが望める」 とか 「ネパールの若者は日本語の勉強に熱心だ」 などと、色々な話を聞かせてくれた。

 そんな眺めの悪い展望台で30分ほど休憩をした後、お兄ちゃんのお薦めもあって、急斜面の連続になるが直接レイクサイドへ下山できるルートで帰ることにした。



やさしさに包まれて


 道は村の中で幾つにも分岐していたが、常に眼下に見える湖を目指せばいいし、村人たちに聞けば親切に教えてくれたので迷子になることはなかった。
 眺めは最高に良いこのルートだが、ほぼ全行程が石段になっていた。
 レイクサイドとサランコットの標高差は約800メートルで、頂上から眺める湖はすぐ真下≠ノ見えた。
 だからこの道は、真っ直ぐ下に降りていく感じだ。
 登りも辛かったが、下りはもっと辛い。
 息が切れることはないが、足腰がすぐにガクガクになってしまった。膝が笑い放しである。
 
 下っても下っても眼下の湖は、一向に近付いて来ない。
 眺めの大変に素晴らしい原っぱで休んでいた地元の若者たちに、
 「ゆっくり行きなさいね〜!」
 と励まされもした。

 1時間半ほど下ってくると、やっと湖がほぼ目の高さ≠ノ見えるようになった。
 あともう少しだ!

 1軒の農家の石垣に腰を降ろして休憩した。
 しばらく休んでいると、家の中から主人とおぼしきおじさんが出てきて、こちらに微笑みながら手招きをした。
 「チャー、チャー」
 と言っている。
 言葉に交えた手振りから、どうやら 「茶を飲まないか?」 と言っているようだ。
 そこはお言葉に甘えて、
 「ダンニャバード! (ありがとう) 」
 と言うと、しばらくしてコップに入ったミルクティーを持ってきてくれた。
 甘くて香りの良いそれは、疲れた体には涙が出るほどに嬉しかった。
 そして、おじさんは
 「ジャパン?」
 と一言聞いただけで、家の前の畑で農作業を始めた。
 見ず知らずの外国人に、こんなに親切にしてくれるおじさんの働く姿を見て、心が温かくなると同時に感激でいっぱいになった。
 登りのルートでは押し付けガイド≠ノ閉口したが、最後にこんな心に残る想い出ができて、最高のトレッキングだった。
 「ダンニャバード! ありがと〜!」
 大きな声で叫びながら歩き始めると、おじさんは農作業の手を休め、しばらく手を振ってくれていた。
 
 重い足を引きずって、やっとのことで湖まで到着した。
 しかし、ここは湖の上流部で、ホテルのある中心地まではまだ3キロ近くあるのだ。
 バス路線があったので停留所でしばらく待ってみたが、バスはまったく来る気配が無い。
 仕方なく、「途中でタクシーでも来たら乗ろう」 と再び歩き始めた。 
 しかし、車もほとんど走っていないので、タクシーは期待できそうにない。

 湖に突き出た半島の高台に、一軒のレストランがあった。
 ここで休憩を兼ねて昼食をとることにした。
 時計の針は、すでに午後2時を回っている。
 テラスになったテーブル席は湖の眺めがとても素晴らしく、ホテルのある中心地が遠くに見えていた。

 大きく伸ばした足は重く、自分のものではないような感覚だ。
 静かな湖面をいつまでも眺めながら、このままずっとこうしていたいと思う。

 1時間ほど店でぼんやりとした後、最後の力を振り絞って遠くに見えるホテルを目指す。
 直線距離にすれば大した距離ではないのだが、道は湖の岸辺に沿って大きく蛇行しているので、かなり遠回りに歩くことになる。
 平坦なことだけが唯一の救いだ。

 途中に2ヶ所の検問所があったが、特に厳しいチェックは無く、パスポートを提示するだけで通過できた。

 このトレッキングの最後の難所 −−− それは3階にあるホテルの部屋への階段だ。
 老人のように一段一段をゆっくりと昇り、やっとのことでベッドに転がり込んだ。
 そのまま夜まで爆睡…
 
 今日の頑張りに対しての自分へのご褒美に、日本食レストランで夕食にすることにした。
 もちろん熱燗≠ナ一杯だ。
 「お疲れ様でした」
 と、自分自身に言いいながら…



踊らないマハラジャ嬢


 ホテル前にたむろしていたタクシーは、今朝は吹っかけることなく一回で適正料金を言ってきた。
 短かったポカラの滞在を終え、朝の飛行機でカトマンズに戻るために、そのタクシーで空港へ向かう。
 
 空港の警備はかなり厳しく、ターミナルビルに入るまでに2回もの荷物検査を受けなくてはならなかった。
 
 チェックイン・カウンターは航空会社ごとに分かれていて、どの会社も搭乗客で賑わっていた。
 しかし、1ヶ所だけ誰もいないカウンターがあり、そこが自分の乗る 「ブッダ・エアー」 だった。
 「ちょっと早過ぎたかな…」
 チェックイン開始時刻の20分ほど前に到着してしまったので、そのままカウンターの前で待つことにした。

 「ブッダの602はここかしら?」
 英語で尋ねてきたのは、一人の若い女性だった。
 彼女は、インド映画の 「踊るマハラジャ」 に出てくる主演女優ように美しかった。
 自分の予約チケットを彼女に見せると、
 「あら、一緒ね」
 と安心そうな顔をした。
 彼女と世間話しをしながら、チェックインの開始を待った。
 マハラジャ嬢はポカラのホテルで働いており、何かの用事があってカトマンズに向かうとのことだ。
 
 やがて係員がやって来て、搭乗手続きが開始された。
 その際に係員曰く、
 「約50分ほど遅れてのフライトとなります」
 とのことだ。
 しかし、隣で手続きをしていたマハラジャ嬢は、
 「2時間は遅れるわよ。出発はきっと午後になるわ」
 と、怪訝そうな顔でこちらに教えてくれた。
 「えっ!そんなに遅れるの?」
 「ええ、よくある事よ」
 ちょっとした天候の具合で、この飛行機はすぐに欠航や遅延が発生するそうだ。
 だが、他の航空会社の便に遅延は生じていないようなので、天候の影響ではなさそうだ。

 カウンターで預けた大きな荷物は、その先にある軍隊の荷物検査で中を開けてチェックを受ける。
 これが終了したら、待合室へと向かう通路の途中で手荷物検査だ。
 男女別に仕切られた部屋に一人づつ入り、持ち物をかなり細かく調べられた。
 特に電池≠ノ対するチェックは、相当念入りにおこなわれた。
 自分もカメラの予備電池や充電器を持っていたので、時間をかけてじっくりと調べられた。



遅れてきた飛行機


 広い待合室では、多くの搭乗客が出発を待っていた。
 日本人ご一行様の姿も見える。
 ガラス戸の向こうはすぐに滑走路で、小さな飛行機が次々と着陸しては客を乗せて飛び立って行った。
 しかし、我がブッダエアーはなかなか到着しない。
 定刻から1時間経った11時20分になっても飛行機の姿は見えない。
 その間にも、後からやってきた別の航空会社の乗客たちは、どんどんと機上の人となっていった。
 「なるようにしかならないわよ」
 と、マハラジャ嬢は言いながら、テレビの娯楽番組を見て笑っている。
 
 12時が過ぎた。
 マハラジャ嬢の言ったとおり、出発は午後になってしまった…

 12時20分。
 やっとのことで、ブッダエアーの機体が空港の上空に現れた。
 しかも、2機の飛行機が続けて着陸した。
 カトマンズからやってきた客の降機が終了すると、係員がガラス戸を開けて叫んだ。
 「ブッダエアー604! 604!」
 604便とは、我々の602便の15分あとに出発する予定の便だ。
 2時間も待たされた上に、あとから出発する便を先に離陸させるとは…
 これには温和なネパール人たちも怒った。
 扉の前で係員に詰め寄って猛抗議だ。
 マハラジャ嬢も恐い顔をして係員に詰め寄っている。

 係員の必死の説得でこの場はどうにか収拾がつき、すぐに602便の搭乗も開始された。

 飛行機は20人程度が乗れる小さな機体で、両窓際に1列づつの座席があった。
 ポカラからカトマンズに向かう場合は、左側の座席に座るのがベストだ。
 それは、ヒマラヤの山々を眺めることができる側だからである。
 ブッダエアーは自由席だったので、早く搭乗すれば好きな座席を選ぶことができた。

 今日のポカラの天気は薄曇りで、地上からは山の姿は望めなかった。
 しかし、雲の上に出た飛行機の窓からは、どこまでも連なるヒマラヤの峰々を望むことができた。
 7千メートル級の山々が連なる光景は、人が近付くことを簡単に許さない神々しさだ。
 キラキラと輝く雪と岩肌のコントラストが実に美しい。
 いくら見ていても飽きない風景だ。
 だが、機内のネパール人たちはこの風景には見飽きているようで、窓の外には目もくれず、居眠りをしたり新聞を読んだりしていた。
 カトマンズまでの飛行時間は約30分。
 その間、ずっとこの素晴らしい風景が旅の友だった。

(第六章 終)



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