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ナマステに笑顔を添えて (第四章・森に暮らす人々) |
霧に隠れた村 翌朝、部屋のドアをノックする音で目が覚めた。 「モーニングコールをする」 と昨夜ピーノさんが言っていたので、てっきり電話がくるのかと思っていたら、ホテルのスタッフが部屋を回っていたのだ。 まぁ、客は2組だけなのだからこれで充分だ。 シンガポール人カップルはすでに出発したようで、広いレストランで朝食をとったのは自分一人だけだった。 ポテトのお粥にトースト、ベーコンエッグ、ヨーグルトにフルーツ盛り合わせ… ネパールの片田舎でこんな豪勢な朝食をいただけるとは、思ってもいなかった。 8時、ピーノさんと徒歩でホテルを出発する。 外は神秘的な霧に包まれていた。 数メートル先が見えないほどの深い霧だ。 昇ってきた朝日が、霧の中にポッカリと穴を開けたように真ん丸く、そしてぼんやりと見えている。 聞こえてくるのは鳥のさえずりだけで、人工的な音は皆無だ。 霧の中から突然人の姿が現れはじめてくると、そこはタルー族の集落だった。 人々は家の前で焚き火を囲み、何かを作っている。 「ナマステ!」 元気に声を掛けてみたが、ジロッと視線を送るだけで、すぐに火に目を戻してしまう。 「ナマステ〜!」 もう一度、今度は大きく微笑みながら声を掛けてみた。 「ナマステ〜!」 すると彼らもニッコリと微笑みながら、挨拶を返してくれた。 そして手招きをして焚き火の前に来いと言っている。 一緒に火に当たっていると、彼らは焚き火に木の枝を差し込んで、たくさんの粒を取り出した。 そして、それを食べろと勧めてくれた。 「ポップコーン、ブレックファースト」 ピーノさんによれば、このポップコーンは彼らの朝食なのだそうだ。 数粒をもらって食べてみた。 固い芯が残ったままのそれは、まったく塩気の無いポップコーンだった。 決して美味くはないが、彼らにとっては貴重な食料なのだ。 集落の中心地でピーノさんが長老のような人に何やら話しをし、僅かばかりの金を渡した。 そしてこう言った。 「10分程度、自由に村の中を歩いていいですよ。もちろん家の中に入ってもOKです。」 そう言われても、図々しくドカドカと家の中まで入っては行かなかったが、朝の準備を始めた村の生活を、ほんの短い時間だが楽しませてもらった。 家々ではポップコーンを焼きながらミルクティーで朝食をとり、水牛やハトなどの家畜にエサをやり、路上では散髪をしていた。 子どもたちも元気に家の手伝いをしていた。 そんな彼らの写真を撮らせてもらったので、お礼にキャンディーを数個あげた。 すると、 「キャンディーはひとり1個にしなきゃ!」 と、ピーノさんが慌てて言うか言い終わらないうちに、家の中から十数人の子どもたちが出てきて、我々は一気に取り囲まれてしまった。 みな兄弟で、もちろん彼らもキャンディーが欲しいのだ。 タルー族は16〜18歳で結婚をするので、どの家も子沢山なのだそうだ。 だから、そのうちの一人だけにキャンディーをあげるわけにはいかないのだった。 まぁ、こんなキャンディーで子どもたちの笑顔が見れるならばお安いもので、兄弟たちを順番に並ばせてアメ玉配りをおこなった。 ワニと一緒に川下り 村外れにはジープが迎えにきてくれ、それに乗ってラプティー川のほとりへ行く。 この川に住む野生生物を見学するため、ここから小舟で川を下るのだ。 小舟は細長く、先頭にピーノさん、真中に自分、そして最後部に船頭のお兄ちゃんが乗った。 水面がギリギリの高さで、左右にかなり揺れるのでスリリングだ。 船頭のお兄ちゃんは器用に長い竿一本だけで、霧の立ち込める川面に静かに舟を漕ぎ出した。 しばらく行くと、川岸に日本人ご一行樣が乗った象の隊列が見えた。 「お〜い!」 と、ピーノさんと二人で大きく手を振ってみたが、冷たく無視された。 やがて急流を過ぎると、周囲に緑が生い茂る森の中へと入ってきた。 色鮮やかなカワセミや孔雀、サギなどの野鳥が、我々のすぐ目の前を飛んで行く。 岸辺には大きなクロコダイルが日光浴をしていた。 「すんげぇ〜 ワニだ!」 と興奮していたら、我々の小舟の周りにも不気味な目だけを水面から出したクロコダイルの群れが、悠々と泳いでいた。 「舟から手を出すなよ!」 ピーノさんに注意をされたが、そんなことは恐くて出来ない。 1時間弱の川下りを楽しみ、舟は岸辺に接岸した。 ここからは森の中のハイキングだ。 ピーノさんが植物の説明をしてくれながら、うっそうと木々が生い茂る森の中を歩く。 途中で斧を持った森の民≠ノ遭遇した。 彼らは一列になって、楽しそうに歌いながらやってきた。 「ナマステ〜!」 やはり笑顔を添えて挨拶をすると、彼らも元気に返してくれた。 先ほどから森に響き渡っていた象の鳴き声が一段と大きく聞こえてくると、そこには 『エレファント・ブリーディング・センター』 があった。 この施設は象の繁殖を目的として、1986年に国が造ったものだ。 施設≠ニ言っても、飼育員のいる建物と簡素な屋根のある象の寝場所があるだけで、外との境目もはっきりしないし、鎖の付いていない子象たちは敷地内を自由気ままに歩き回っていた。 ここでは数頭いる象の親子を眺めながら、ピーノさんから象についての講義を受ける。 センターのすぐ脇にはラプティー川の支流が流れていて、橋が無いので対岸に行くための渡し舟があった。 我々はこれに乗ったのだが、地元民は腰まで水に浸かり、歩いて対岸へ渡っていた。 同様に水牛の群れが川を渡っている姿も見ることができ、のどかなチトワンの風景が楽しめた。 草原地帯を抜けて集落を過ぎたら、すぐに我々のホテルだった。 ミルクティーで一息ついてから、昼食になった。 昼食は豚肉のソテーをメインにして、それに温野菜とスープ、パンが付いた。 ピーノさんによれば、地元の人々は祭りの時以外に豚肉は食べないとのことだ。 つまりこれは贅沢な食事≠チてこと? それはそれでありがたいことなのだが、量の多さが半端じゃなかった。 ざっと三人前はあろう豚肉と、これまた三人前はあろう温野菜だ。 「めったなことでは口にできない」と言われてしまうと残すわけにもいかず、苦しいながらも頑張って食べてはみたものの、半分くらいは残してしまうハメとなった。 「みなさん、ごめんなさ〜い!」 花子さんのジャングル探検 食後の昼寝をして、午後2時半に再びジープでホテルを出発した。 これから象の背中に揺られて、ジャングルサファリを楽しむのだ。 ジャングルの入口に設置された象乗り場には、多くの欧米人観光客が訪れていた。 指示されたとおりに高い櫓の上で待っていると、中型の大きさの象が1頭やってきた。 この象が我々を未知なるジャングルへと案内してくれる花子さん≠セ。 花子さんにはイギリスからやってきた青年と二人で乗った。 通常は1頭に4〜5人が乗るのだが、ツアーでない我々はゆったりと二人だけで乗ることができた。 イギリス青年の彼は陽気で、背中合わせに英語での会話を楽しみながらのサファリとなった。 前後左右に大きく揺られながら、歩き始めは森の中の通路を進むのでなかなか快適だった。 「パオーン、パオーン」 鳴きながら川を渡り、花子さんはさらに森の奥へとを分け入った。 やがて道は無くなり、木々の枝をかき分けながら進んでいく。 背中に乗っている我々にも容赦なく木々が迫って来て、それを手でどかしながらの進行である。 そんな森の中を進むものだから、イギリス青年の口に蜘蛛が入ってしまい、大騒ぎになった。 彼が世の中で一番嫌っているものが蜘蛛だったのだ。 かわいそうに… やがて象使いの動きがあわただしくなった。 何かを見つけたようだ。 花子さんを足早に進めたり、おとなしく待機させたり… そして象使いの指差した方には、重厚な鎧を身にまとったサイがいたのだ。 「ベィビー (赤ちゃん) 」 と象使いは言っているが、初めて見る野生のサイにこちらは大興奮だ。 他の象たちも森の中から続々と姿を現した。 どの象使いたちも観光客の写真撮影に絶好の位置をキープしようと、必死に赤ちゃんサイを追い回した。 我々の花子さんは中型なので小回りがきき、サイに対して常にベストポジションでいられた。 これまたラッキー! である。 サイは必死に逃げる。それを追う。 その繰り返しで、赤ちゃんサイがかわいそうだった。 ジャングルの中を行くこと約2時間。 その間に遭遇した他の動物は、シカ、イノシシ、サル、孔雀、野ブタ… 発見するたびにイギリス青年が 「おっ、サルだ! サルだ! 見えるか? あそこの木の上だよ!」 と必死に教えてくれるのだが、サイを見てしまった後では日本でいくらでも見ることのできる動物に、それほどの興味は涌かなかった。 イギリス青年はサイの時には冷めていたが、サルやイノシシでは興奮してカメラのシャッターをたくさん切っていた。 イギリスにはこれらの動物がいないのか? かなりワイルドなサファリで、服には樹液や葉腋がベットリと付着し、木の枝で頬を切って出血もした。 それでも楽しく感動的なサファリに大満足をして、ピーノさんの待つジャングルの入口に辿り着いた。 ホテルに戻った時は、ちょうど日没間近だった。 夕陽を見るために部屋には戻らず、そのままホテルの屋上にピーノさんと一緒に上った。 屋上には今日このホテルに到着したスペイン人カップルが、先客として日没を待っていた。 西の空は真っ赤に染まることはなかったが、大きく丸い太陽は煙の立ち込める森の中へ、少づつその姿を隠して行った。 そして残された我々の頭上には、降るような星空が顔を出した。 今日の夕食はネパール人が日常的に食べているダルバート≠セった。 ダルバートとは、ご飯にスパイスの効いたカレーや漬物、スープなどが添えられた食べ物だ。 今夜はチトワンが最後の夜でもあるので、ビールを飲みながらこのダルバートを味わった。 「チトワンはこの旅で最高の場所だったなぁ〜」と、深い思いを馳せながら… |
(第四章 終) ≪前ページへ [目次へ戻る] 次ページへ≫ |