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マグレブの夜明け  (第五章・お祭り広場の食べ歩き)

香ばしい煙の中で


 広場のすぐ近くという絶好のロケーションにある安ホテルは、いつも大きなバックパックを背負った旅行者で混雑していた。
 我々の確保できた部屋は、食堂の片隅にある壊れかけの階段を上ったところにある屋根裏部屋だった。
 5つものベッドがある部屋で、小さい窓からは人通りの多い裏道と向かいのゲームセンターが見えた。
 夜にはここからの騒音が気になったが、明後日に参加する砂漠ツアーの集合場所がこのホテル前だったのと、広場前という好立地に惹かれて荷を解いた。
 しかし、この部屋の本当の問題点はシャワールームだった。
 この排水がまったくと言ってよいほど機能していないのだ。
 いや機能していないどころか、汚い水を逆流させてしまうのだ。
 少しばかり水量を多く使ってしまうと、あっと言う間にシャワールームから水が溢れ出し、部屋の中まで水浸しになってしまう始末だった。
 「今日は満室のようだから、明日になったら部屋を替えてもらおう」
 今日のところは我慢して、一晩を過ごすことにした。

 ジャマ・エル・フナ広場は、陽が傾きかけてくる時刻から食べ物の屋台が集結し、香ばしい煙をモクモクと上げながら営業を始めた。
 屋台の周囲には大道芸人たちのパフォーマンスや、輪投げ・蛇使いなどが好き勝手な場所に店を広げて人々の輪を作っていた。
 地元民や旅行者たちはここへ吸い込まれるように集まってきて、食事や娯楽を楽しむのだ。
 その集まってくる人の数は半端ではない。
 町じゅうの人が全員いるのではないか、と思われるほどの賑わいだ。
 広場へ向う道からして、人にぶつからないと進めない。
 我々もはぐれないように気を付けながら、その流れにのった。

 大道芸人たちの輪は遠巻きに覗くだけで金を要求された。
 写真なんぞを撮ろうものなら、必ず金を払わなくてはならない。
 日本の縁日でも見かける輪投げや瓶釣り、手相、民族音楽、そして何だか分からない漫談・・・ 人々の輪の中心には色々なパフォーマンスが繰り広げられていた。

 食べ物屋台の方は、あらかじめ決められた区画に整然と屋台が並び、豊富な食材を山のように並べてアピールをしていた。
 その店の数がいったいどのくらいあるのか分からないが、料理の種類ごとにグループになって幾つもの列ができていた。
 何を食べようか一軒一軒を冷やかしながら歩いていると、屋台の兄ちゃんたちから熱心な客引きを受けた。
 ブロシェット (串焼き)、ハリラ、タジン、クスクス、オレンジジュース・・・ モロッコ料理のすべてを気軽に、しかも安く食べられるのがこの広場だ。
 誘われるままに幾つかの屋台のベンチに腰を掛けた。
 目の前に山積みにされている食材を適当に指差すと、あとは陽気なおやじたちが手際良く調理してくれた。
 値段表も掲示されているので明朗会計だ。
 味は屋台ごとで微妙に違っているので、毎日のように通っても新鮮な発見があって飽きる事が無い。
 どの屋台でもアラビアパンが一緒に出されるので、一軒の屋台でも充分な夕食になった。食べ切れない時は包む紙をもらえるので、持ち帰ることも可能だ。

 フナ広場は夜中の零時過ぎまで賑わっており、時間が遅くなればなるほどに人々の数も増してくる。
 腹も満たされたところで、人の波に逆らいながら広場を後にした。
 バナナを買って先にホテルへ戻る桑ノ助と別れ、一人でインターネットカフェへ行く。
 モロッコではどの町にも サイバーカフェ の店があった。このフナ広場の周囲にも4軒の店があり、常にお客さんで混んでいた。
 ほとんどの店が1時間当たり10dh (約120円) 程度と利用料金は安いのだが、インターネット環境は決して良いとは言えない。
 通信速度が異様に遅いのだ。クリックを一つするたびに、ジ〜ッと待つ。
 画面はゆっくりとゆっくりと、それはそれはゆっくりと変わっていくのだ。
 「急ぐことは悪魔の仕業」 とは言え、これはあまりにも遅過ぎる。
 メールを数通チェックするだけで、有に30分はかかってしまった。



おやじパッカー VS アラビア商人


 翌朝の早い時間からホテルのフロントは混んでいた。
 部屋の変更を申し出たが、「昼過ぎに来い」 と言われるだけだった。

 たったいまマラケシュに到着したばかりだと言う日本人男性に、ホテル前で声を掛けられた。
 「このホテルはどうですか?」
 彼も飛び込みで宿を探していた。
 「水はけが悪いよ」
 桑ノ助と自分は声を揃えて彼に忠告した。

 昨夜の賑わいが嘘のように静まり返った広場に面した食堂で、朝食をとった。
 この食堂には、高級レストランでしか食べられないと言われている 『パスティラ』 を安く食べることができた。
 『パスティラ』 とは、パイ生地に肉を包んで焼き、シュガーパウダーを振り掛けたクレープのようなもので、とても甘い。
 これにミントティーとオムレツで、優雅な朝食にした。

 広場の先にはスークがあり、そろそろ日本への土産を考えようと足を向けた。
 タフなアラビア商人との値段交渉は面白い。
 最初は目の玉が飛び出るほどの高い値段を言ってくる。
 それに対してこちらは、とても低い金額を提示してそこから交渉がスタートだ。
 「これを1,000dh (約12,000円) でどうだ?」
 「げぇっ、こんなグラスが? いや100dh (約1,200円) ってとこだな」
 「何を言ってる。この模様と色、素晴らしいだろう。 じゃあ900dhでどうだ?」
 「だぁ〜め。100dh」
 「それじゃあ、売れない」
 「あ、そう」
 と店主に背を向けて立ち去ろうとすると、
 「ちょっと待て!」
 と追いかける。
 「ラストプライスを言え」
 掛け値無しで、客が買っても良いと思う金額をラストプライスと言う。
 ここで本当のラストプライスを言ってしまっては負けだ。
 「よし、150dh。ラストプライスだ」
 「・・・・・・なら300dhで・・・」
 と、店主は強引に商品を手渡そうとするが、それを拒む。
 「200dh (約2,400円) でどうだ?」
 「OK!」
 これで交渉成立だ。
 店主と固い握手をして商品を受け取ったが、店主の溢れんばかりの笑顔に、この交渉は負けた気がする。
 アラブ商人、恐るべし。



ルック! ルック!


 昼前にホテルへ戻って部屋の変更を要望したが、フロントのヒゲおやじは台帳を見るまでも無く、「満室」 の一言だけだった。
 近所にある安そうなホテルを数軒あたってみたが、どこも料金が高く、やむを得ずもう一泊することにした。

 マラケシュの観光名所である史跡地区を訪れたが、どの場所も閉鎖されていて観光することができなかった。
 眺めの良いテラスのあるレストランで食事をし、水はけの悪い部屋に戻って昼寝をした。

 夕方になって外出しようとした時、こんな時間になって部屋掃除の女性従業員たちがやって来た。
 そこで桑ノ助が主張。
 従業員をシャワールームへ連れて行き、
 「ルック! ルック!」
 と排水口を両手で指差し、全身のオーバーアクションで水の流れが悪いことを訴えた。
 さらに水を流して実際に詰まっていることを見せると、「オーノー!」 と彼女たちはすぐに理解してくれた。
 彼女たちは即座に行動に移してくれ、商品名は知らないが日本でもお馴染みの 『ゴムのシュポシュポするやつ』 を持ってきて修理をしてくれた。
 お陰ですっかりと排水の流れは良くなった。

 駅で列車の時刻を確認したり、新市街のカフェでお茶を飲んだりして、陽が沈むのを待って今日もジャマ・エル・フナ広場で食べ歩きを楽しんだ。

(第五章 終)



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