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タイ ぐうたらひとり旅 (第三章・日本がどこかに置き忘れてきた光景) |
長距離バスの旅 翌朝午前6時、バンコクの北にある新北バスターミナルにいた。 昨夜、これからどうしようかと考えた末、タイ北部に移動して遺跡を巡ることにしたのだ。 日本にあるTATで貰ったパンフレットによると、バンコクからバスで7時間の所にスコータイと言う町があり、世界文化遺産で有名な遺跡がある。 この遺跡はタイ王国が最初に国を開いたところであり、重要な遺跡のひとつでもある。 夕方までに到着したかったので、ホテルを朝の5時半に出発しタクシーでここまでやって来たのである。 バスターミナルはまるで空港のような立派な施設で、広々とした館内に数多くのチケットブースが設置されていた。 案内がすべてタイ語で表記されているためにさっぱり分からず、インフォメーションで確認をしてからチケットを購入する。 チケット売場のおばさんも英語が通じずタイ語でのやり取りとなったが、どうにか切符を手に入れることができた。 出発は午前8時。 まだ2時間もあるのでフードコーナーへ行って食事にする。 ショーケースに入っているものを適当に指差すと、カオパ (炒飯) に目玉焼きを乗せたものとスープが出てきた。 (30バーツ = 約90円) 美味! タイでは何を食べてもおいしい! 言われた番号の乗り場でバスを待っていると、タイ語表記なので行き先は分からないが、チケットに記されている数字と同じバスがやって来た。 運転手に確認をし、荷物を預けてから乗車する。 バスはトイレ付きの大型観光バスで、窓ガラスの汚さを除けば快適そうだ。 数人の乗客を乗せ、15分遅れでバスは出発した。 車内にはミニスカートの制服を着た女性車掌が乗っており、切符の確認をしにやって来た 「スコータイに着いたら教えてね」 と彼女にお願いをしたが、返事は無かった。 無愛想な車掌ではあったが、停留所に停まるたびにおこなう人数確認は完璧を極めていた。 1人づつ前から数え、さらに後ろからも数え直していた。 パッと見れば分かりそうなくらいに空いている車内なのに、なぜここまでキッチリとおこなうのであろうか? 2〜3人置き忘れても平気で走り去ってしまうアメリカの長距離バスには、少し見習って欲しいと思った。 ほどなくして、箱に入った朝食が配られた。 中はパンケーキとオレンジジュース、それにミネラルウォーターだ。 しかし、パンケーキはパサパサで、この旅行中で唯一の不味いものであった。 理由は分からぬが、途中で警察による道路封鎖があり迂回をしたものの、バスは田園風景の中を快調に走行した。 途中のバス停でもほとんど乗り降りが無く、空いたままの車内であった。 途中のドライブインで昼食休憩をとりながら、さらにバスは走る。 トゥクトゥクにやられる! 「スコータイ、スコータイ」 まどろみの中、突然車掌に起こされた。 どうやら目的地に到着したようだ。 それにしても、ずいぶんと田舎町に来てしまった。 このバス停で下車したのは、自分のほかに2人のタイ人だけであった。 このわずか3人の客に、十数人のトゥクトゥク兄ちゃん達が取り囲んでの客引きである。 「えぇ〜い、うるさい! まずは荷物をトランクから出してからだ!」 と怒鳴ったものの無意味であった。 5人ものトゥクトゥク兄ちゃん達がワァーワァーと言っている中、ひとりの兄ちゃんの言葉に耳を傾けた。 「安いホテル。ノーザンパレスホテル。400バーツ」 パンフレットによると、このホテルは中級クラスのホテルで、500バーツ以上と書いてあった。 「本当に400バーツ?」 「そう、400バーツ」 これなら行ってみる価値有りと、その兄ちゃんのトゥクトゥクに乗った。 スコータイのそれはバンコクとは異なり、改造したリアカーをバイクの前に連結した構造になっていた。客が前になるため、大通りを曲がる時は少し怖い。 ほんの5分くらいでホテルに到着した。 リアカーを降りるや否や、 「50バーツ (約150円) 」 と兄ちゃんが請求してきた。 (あっ!) と思ったが後の祭りである。 料金を確認しないで乗ったこちらに落ち度があった。 どう考えても10バーツ程度の距離である。 (くそぉー) と思いながらも、言われるままに料金を支払い、気を取り直してフロントへ向かう。 フロントには女性のスタッフが3人いたが、3人とも英語が喋れないのでタイ語での交渉となった。 シングルルーム (バス・エアコン付き) が1泊450バーツ (約1,350円) だと言う。 兄ちゃんの言っていたものより50バーツも高い。 部屋を見せてもらった。 建物の外観はなかなか立派なのだが、室内は古くて狭かった。 しかも水シャワーだったので料金相応ではないと感じ、フロントで値下げの交渉をした。 しかし、フロント嬢はそんな交渉には一切応じず、 「値下げした料金が450バーツだ」 と退かなかった。 この料金ならいくらでも他に良いホテルがあると思っていたので、そのままフロントを出る。 入口には先ほどのトゥクトゥク兄ちゃんが待っていた。 「どうした? 高かったか?」 「テメェーが400バーツって言ったから来たのに、違うじゃないか! しかも50バーツもボッタクリやがって!」 と、思いきり日本語で言い返した。 本当はタイ語で怒りたかったが、この様なケースは想定していなかったので勉強していなかった。 「もっと安いホテルか? 安いホテルたくさん知ってる。今度は20バーツで案内するから、さあ乗れ」 「バカヤロウ! まだボッタクル気か?」 日本円にしたら微々たる金額のことなのだが、この国の物価に慣れてくるとそれが結構な大金であることを実感する。 「いいえ、もう結構です!」 タイ語できつく言うと、兄ちゃんはバイクの上でポカ〜ンとしていた。 町の中心に向って歩いて行くと、市場の向こうに1軒のホテルが見つかった。 2階建てのこじんまりとした建物で、入口には数カ国の旗がひらめいていた。 『リバービューホテル』 ―― なんと響きの良い名前だろう。 だが、実際には裏手に小さなドブ川が流れているだけであった。 南沙織似のフロント嬢に部屋を2つほど見せてもらう。 バス・エアコン付きのツインルームで500バーツ (約1,500円) とのことだが、部屋が明るくて清潔に保たれていることが気に入り、そこに旅の荷を解くことにした。 フロントでカードに記入している時 「どこから来たの?」 「観光したの?」 「なんでタイ語喋れるの?」 などなど、南沙織が英語で尋ねてきた。 こちらが答えるたびに、もうひとりの女性とキャッキャッと言いながら騒いでいた。 夕暮れの町でふと想う 町の散策に出掛けるためフロントに鍵を預けると、南沙織が簡単な地図をくれ、 「この町は何も無いわよ」 と、相変わらずキャッキャッと笑いながら付け加えた。 こちらとしては観光名所を求めてこんな所まで来たわけではない。 何も無く観光客もいない町の方が、本物のタイに出会えると思っていたので、その一言に余計この町を期待した。 確かに何も無い町であった… 町の中心には十字路があり、そこから四方に3〜400メートルほど行くと町は終わってしまう。 30分もあればすべての路地を歩くことができるような、そんな小さな町であった。 しかし、そこにはバンコクのような都会には無い人々の営み≠ェあった。 学生が下校し、市場では主婦が夕食の買い物をし、食材や荷物を満載にしたトゥクトゥクが行き交う。 そんな夕暮れの町を歩いていると、ふと自分が幼かった頃の日本の風景に酷似していることに気付いた。 どこか懐かしい光景につい見とれてしまっている自分がそこにあった。 先ほどのトゥクトゥク兄ちゃんとバッタリ出会った。 小さな町なので不思議なことではないが… 「観光するか? 市内を案内するぞ」 兄ちゃんは商魂たくましかった。 「いいえ、結構です!」 ホテルの近くにナイトバザールと呼ばれる常設の屋台村 (?) があり、そのうちの一軒がとてもお気に入りとなった。 道路に出されたテーブルに陣取り、シンハービールを片手にぐうたらと道行く人を眺めるのが極楽だった。 その店には16歳の娘さんがいた。 スコータイの高校生で、学校が終わると店を手伝っているのだ。 英語が少し喋れるので、自分のような外国人のオーダー取りはお手の物である。 店はヒマそうでほとんど客がいなかった。 彼女もヒマそうに後ろのテーブルに座り、鼻歌を唄い出した。 「それ、タイの歌?」 後ろを振り向き、彼女に尋ねた。 「ええ。 タイで今流行っている曲よ」 歌を聞かれてしまった事に少々照れていたが、にこやかな笑顔でそう答えた。 そんな一言から、お互いの自己紹介やスコータイの町、学校のことなど、彼女との会話が始まった。 この店の斜め前にはバス停があり、そこから1台のバスが多くの地元民を乗せて出発した。 「あのバスはどこへ行くの?」 「ピサヌロークよ」 聞き慣れない地名であった。 「どんな所?」 「ここよりも大きな町で、鉄道の駅があるの。それと、とても綺麗な仏陀…」 別にどんな所でも良かった。 ただピサヌローク≠ニ言う地名が心に引っかかったのだ。 町の数少ない公衆電話から日本の妻に電話をする。 Eメールを読んでいて、カンボジアを諦めたことにホッとしていた様子だ。 しかし、田舎町にいることを伝えると、 「生水は飲むな」 「食べ物は気をつけろ」 と、まるで母親のようなことを言ってきた。 お言葉を有り難く受け止めホテルに戻る。 ホテルの2階には広々としたテラスがあり、そこにはブランコになっているベンチが設置されていた。 そこに座って空を見上げると、満天の星が輝いていた。 静かなこのスコータイの町がとても好きになった。 |
(第三章 終) ≪前ページへ [目次へ戻る] 次ページへ≫ |