幸せの国・ブータンの旅 (2015年)

◆ 2日目 ◆



3:30 旅行社のおばちゃんがホテルに迎えに来て、空港まで送迎してくれました。
早朝でガラ〜ンとしたスワンナブーム空港です。
怖いくらいに静まり返っており、エスカレーターのカラカラという音だけが響いています…


ブータンへのフライトはブータンエアーです。
6:30 タイ・バンコクを定刻通りに離陸しました。



機内食のオムレツとウインナーが美味かった〜☆
経由地のインド・コルカタで1時間ほどの駐機になりましたが、ここで大半の乗客が降りてしまい、機内はガラガラに空いてしまいました。



尾根と尾根の狭い谷間を急降下した機体は、定刻よりも20分早くブータン王国・パロ空港に到着しました。
あいにくの雨です…
ブータンの建築様式で建てられたターミナルビルへは、徒歩で向かいます。



ブータンにはドゥルックエアーとブータンエアーの2社が就航していますが、便数は極めて少ないです。



親日家で知られるワンチュク国王夫妻がお出迎え (看板ですが…)



インド人とネパール人を除いて、ブータン王国への入国はかなり厳しいものがあります。
しかし、ビザ発給の時点で厳密な審査がおこなわれるため、イミグレーションではビザの確認をおこなうだけです。
ビザ申請時にすべての行程を申告しているため、ここでは淡々と人物確認がおこなわれるだけです。
ちなみに、ブータンの出入国カードの記入欄はとても狭いです。 細かい文字で書かなくては、欄からはみ出してしまいます。



何も聞かれることもなく、入国審査はすぐに終了しました。
ターミナル出口で両替をおこない、6日間お世話になるガイド氏とドライバー氏に合流しました。
この時期の外国人は少ないので、名前を書いたプラカードを持って待っているわけではなく、こちらの顔を見るだけで 「ポカラさんですね、お疲れさまでした〜」 と声を掛けられました。



ますは車で20分ほど、首都・ティンプーに向かう途中にあるタチョガン・ラカンに寄りました。
ラカンは寺院という意味で、ここは14世紀にチベットの各地に108の鎖の橋を造った宗派の寺院です。
鉄の橋を造ったからこの宗教は 「鉄橋派」 と呼ばれています。



ガイドのサンゲー君はさっさと渡って行きますが、足の下は激流の川、しかも吊り橋はかなり揺れるので、相当に怖かったです… 足がすくみます…
ちなみにこの橋は洪水で流されてしまい。2006年に再建されたものだそうです。



首都・ティンプーに到着しました。
首都と言っても、法律によって7階建て以上の建物は無く、山間の温泉街と言った感じでした。
ここは中心になる時計塔広場ですが、何かのイベントの準備をおこなっていました。

ブータン王国は九州とほぼ同じ広さの国土に、約70万人が住んでいます。 だいたい島根県民と同じくらいの人口… 我が中野区民の2.3倍の人が九州に住んでいることになります。
平らな場所が国土のわずか3%しかなく、険しい山の中に国がある感じです。



ほとんどのブータン人が、男性は 「ゴ」、女性は 「キラ」 と呼ばれる民族衣装を着用しています。
どてらのような素材で作られています。



一般的な商店です。
わずか数十年前まで鎖国に近い状態にあったブータンですから、もちろんコンビニなどは存在しません…



ブータン国内に信号機はひとつもありません。
人々が譲り合って通行しているため必要ありませんが、ここは首都の中心地の交差点とあって、警察官が交通整理をおこなっています。
ブータンには町らしい町が他にありませんので、交通整理をしているのはここだけのようです。

ブータンの人口70万人に対して自動車の登録台数は7万台あるそうです。
つまり、10人に1人が所有していることになり、そのうちの約6割にあたる4万台が首都・ティンプーで所有されているそうです。



通称 「ホンコン・マーケット」 と呼ばれている市場のある路地です。
市場と言っても野菜を売る店が数軒あるだけですが…



ブータンの料理はどれも辛い=c
ほとんどすべての料理にトウガラシが使われています。
トウガラシの入っていない料理は 「甘い料理」 として好まれません。
だから市場には様々な種類のトウガラシが並び、それをブータン人が洗面器いっぱいに買っていきます。



大学生の下校です。
ブータンの義務教育は13年間あります。
日本の小学校にあたるのが7年間、中学校の前半が2年間、中学校の後半が2年間、高校が2年間で、その上に大学があります。
多くの町では中学校の前半は小学校と一緒、中学校の後半は高校と一緒になっているそうで、土地の狭いブータンならではの事情があるようです。
義務教育と医療はすべて税金でまかなっているので、国民はタダで受けることができます。



メイン通りから少し外れると閑散としてしまいます。
とても首都とは思えない静けさです…



中央郵便局です。
銀行と一緒の建物でした。



郵便ポストです。
集配は1日2回のようです。



どこに行っても坂道だらけです。
狭い道に車がひしめいていました。
急速に進む近代化に対し、インフラがまったく追いついていない感じです。



昼間はどこに行っても犬が路上で寝ています。
犬は夜中に町を悪魔から守る大切な仕事がある… のだそうです。



国産ビールは、「ドゥルック・ラガー」 「ドゥルック・11000」 「レッドパンダ」 の3種類あります。
日本で飲むビールとまったく変わりありません。
レストランやホテルで飲むと、大瓶1本 150ヌルタム(約300円) 〜 200ヌルタム(約400円) ですが、商店で購入すると半額以下の70ヌルタム(約140円) です。



旅行中の食事は、おかず数品とご飯、スパゲッティー、スープでした。
ブータン人の主食は米で、赤米がよく食べられているそうです。
しかし、米はパサパサしていて水分があまりなく、単体ではまったく美味くありません。
しかも、ほとんどのおかずが 辛い! 辛い! 辛っ!…
こりゃ、ビールがすすんでしまいます…



川沿いの競技場で弓の試合がおこなわれていました。
弓はブータンの国技で、盛んにおこなわれています。
150メートル離れて左右に分かれ、双方の的を射ります。



一本射るたびに3人が輪になって歌いながらステップを踏んでいました。
儀式のようです。



大きな試合のようで、大勢の観客が一矢一矢を真剣に見守っていました。



ワンチュク国王の弟も選手として参加していました。
このような大会ではフツーに王族も参加するそうで、かなり開かれた王室です。
ボディーガードや警備の人はいませんでした。



首都・ティンプーを後にして、標高 3,150メートルのドチュ峠(ドチュ・ラ)を越えました。
濃霧に包まれていて何も見えません…



峠には仏塔がありました。
霧に包まれていて幻想的な光景でした。



ドチュ峠(ドチュ・ラ) からは断崖上の悪路で、急カーブが連続しました。
途中で大型トラックが横転していて、道を半分塞いでいました。
ブータンでは空港のあるパロと首都・ティンプーだけ道が舗装されており、その他は未舗装の悪路… しかも車が1台通れるほどの狭い道です。

2時間半かかって、ワンデュポダンに到着しました。
今夜の宿 ドラゴンズ・ネスト・リゾートです。
ブータンでリゾート≠ニ名の付くホテルが多数ありますが、日本でイメージするようなリゾート・ホテル≠ナはありません…



対岸にワンデュポダンの町(新市街)が一望できます。
人工的な音がほとんどせず、とても静かです。



2012年までワンデュポダンは、ここから2キロほど南の尾根の上に町がありました。
ところが大規模な火災が発生したのを機に、新市街に住民が移ってきました。
同じような高さの住宅が一気に出来上がったため 「マッシュルーム・タウン」 と呼ばれています。
確かに、遠くから眺めるとスーパーマーケットで売っているパックのマッシュルームのようです。



「ドゥルック 11000」 はアルコール度 8%の濃いめのビールです。





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