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石畳が光るまで　　（第三章・再び昆明へ）

危険な通学路 　この日は早朝の古城をさ迷い歩くことはできなかった。 　麗江を発つ日だからだ。それもバスで昆明まで戻るので、石畳が光輝く時間にホテルをチェックアウトしなくてはならなかった。 　古城外のホテルから押しかけてくる観光客の流れに逆らって、バスターミナルへ向かう。 　バスターミナルの待合所は照明が点いておらず暗かったが、すでに多くの乗客たちがバスの出発を待っていた。 　待合室の片隅では、バスの車掌らしきお姉さんたちが縄跳びをしていた。 　準備体操か？ 　売店でパンとお茶を購入し、大きな荷物を持った中国人たちの座るベンチに混ざって、朝食をとりながらバスを待つ。 　 　「☆▲∞£＃☆○§◇∋◆∠…昆明、昆明」 　出発予定時刻の１５分ほど前にアナウンスがあり、どうやら昆明と言っているようだ。 　それと同時に多くの乗客たちに動きがあった。 　ベンチで隣に座っていたおじさんに自分のチケットを見せながら、 　「昆明？」 　と尋ねると、すかさず 　「昆明！」 　と答えたので改札口へ向かう。 　バスは最新の大型ハイデッキ・バスで、１階に荷物室と運転席があり、中２階が客席になっていた。 　客席は２列×１列で、個々の椅子は大きく、さらに革張りでクッションがとても良く、��社長の椅子�≠ﾆいった感じだ。 　座席は全席指定で、自分は麗江に到着した日にすでにチケットを購入していたので、最前列の１列シートに座ることができた。 　昆明までは８時間半のバスの旅。これだけの所要時間だと持病の腰痛が心配だったが、このシートならそれも大丈夫そうだ。 　窓も綺麗に磨かれており、景色を楽しみながらゆったりとした快適なバスの旅ができそうだった。 　定刻に出発したバスは、麗江市内にあるもう１ケ所のバスターミナルに立ち寄ってから、昆明に向けて快調に走り始めた。 　虎跳峡へ行ったときのタクシーもそうであったが、このバスもクラクションを鳴らし放しにして、飛ばす、飛ばす… 　前を走る車を片っ端から追い抜いていく。 　対向車が間近に迫っていようとも、パッシングとウインカーで威嚇をしながら追い越す。 　抜かれた車も同様にして抜き返す。 　何をそんなに急いでいるのだ？ と疑問に思うほど、皆がカーチェイスさながらの運転をしていた。 　最前列の席は眺めが最高だったが、このカーチェイスを８時間半も付き合わされるのかと思ったら、精神的には後列の方が良かったのかもしれない。 　流石に中国人たちはカーチェイスに慣れているようで、車内ではＴＶのお笑い番組を観て大笑いをしていた。 　 　道路の中央でブタの親子が優雅に散歩をしていたのと、黒ヤギの群れにバスが取り囲まれてストップしたのを除けば、バスはほとんどノンストップで１００キロ近い速度で一般道を走り続けた。 　ペー族自治州の中心地・大理から高速道路に入ったバスは、すぐにパーキングエリアに停車した。 　麗江を出発して４時間４０分が経過し、時刻はすでに１２時半を過ぎていた。 　どうやらここで昼食休憩をとるらしい。 　食堂は道路の反対側に何軒かあり、地下通路を通ってそこへ向かう。 　地下通路を出た所におやじが２人立っており、１人に１枚づつ、不揃いに裁断されたダンボール紙の切れ端を配っていた。 　そこには 『金花飯店』 と書かれたゴム印が押されており、それを手にした乗客たちは金花飯店の建物の中へとゾロゾロと流れて行った。 　状況が分からない自分もダンボール紙の切れ端をもらい、他の乗客たちの後に付いて行く。 　建物の中には行列ができており、先頭の方ではカフェテリア方式で昼食が配られていた。 　ダンボール紙の切れ端を係のおばちゃんに渡すとアルミのプレートを渡され、まずはご飯がそこに盛られた。 　さらに流れていくと、大皿や鍋に山盛りにされたおかずが多数並んでおり、食べたい物を数種類指差していく。 　最後にお茶をもらって、空いている席で自由に食べるのだった。 　フロアーにはバケツを持ったおばちゃんたちが巡回しており、バケツの中のご飯をお代わりとして盛ってくれた。 　味もなかなか良い。 　中にはかなり辛いものもあったが、日本人の口にはよく合う食べ物ばかりだ。 　車内ではペットボトルのお茶が配られ、昼は昼食付きのこのバス、運転の荒さを除けばなかなか至れり尽くせりだ。 　ニーハオトイレで用を済ませ、３０分の昼食休憩の後にバスは再び発車した。 　大理からの高速道路は、走行車線と追い越し車線が区分けされた片側３車線の道路で、等間隔に樹が植えられた中央分離帯もある。 　高架道路、立体交差、トンネル、高架橋、切り通しなど、車が高速走行できるように設計された道路で、緑色の案内表示板も完備されている。 　トンネルにはオレンジ色の照明設備があり、もちろん出入口には料金所がある。 　日本の東名高速道や中央高速道とまったく同じ造りの高速道路なのだが、驚いたことがひとつだけあった。 　それは路肩に人が歩いていることだ。 　さらに、路肩を歩くだけではなく、高速道路を横断している人もいる。 　農作業に向かう老人や、買い物帰りの主婦、そして子どもたちが通学にも使っていた。 　そのすぐ脇を、時速１００ｋｍ 以上の車が走り抜けていくのだから、怖いものである。 　中国では高速道路を歩くことが許可されているとは思えないが、彼らは何事もないように、生活の一部として普通に通行していた。 　崖っぷちを歩いたり、小舟で荒波を越えて通学している子どもたちはＴＶで観たことがあるが、高速道路を歩いて学校まで通う子どもたちは初めてだ。 　死と隣り合わせの通学路がここにはあった。 　渋滞の激しい昆明に到着したのは、夕方だった。 　バスは昆明市内の西の外れにあるバスターミナルに到着した。 　ここからホテルまでは歩ける距離ではなく、流しのタクシーをつかまえて、５日前に泊まっていたホテルへ向かった。 　市内の渋滞は激しく、運転手はやはり携帯電話をかけながら、裏道を右へ左へと走り回った。 　少しは渋滞回避ができたのかどうか分からないが、目指すホテルには間違えることなくすんなりと到着した。 　今回も前回同様にシングルルームを予約してあったのだが、案内された部屋は１４階の大通りに面した明るい部屋で、ツインルームだった。 　部屋の掃除は完了しており、すぐに荷物を置いてくつろぐことができた。 　 　妻に無事を知らせる国際電話をかけようと思ったが、部屋の電話が壊れていてかけることができなかった。 　『麗江の報告とお礼方々、ゴトヒロさんと夕食を…』 と思ってもいたが、電話がこの状況なので連絡をとることができなかった。 ３００元返せ！ 　「ぽからさん、昆明で写真を撮るなら花鳥市場がいいですよ」 　ゴトヒロさんからそうアドバイスを受けていたので、翌日は香港へ向けて出発するまで間、その花鳥市場 （老街） に行ってみた。 　花鳥市場周辺は老街と呼ばれており、昔ながらの昆明の街並みが残っているエリアだ。 　しかし、一部ではこの旧市街を残そうとする反面、再開発地域にも指定をされているので、広大なエリアに渡って老朽化した建物の解体が始まっていた。 　古い塀の中を覗くと、爆撃でも受けたかのように中途半端に壊された古い建物が、瓦礫の山の中に辛うじて建っており、最後の力を振り絞って歴史を守ろうとしているように見えた。 　老街のすぐ隣は、昆明で一番発展している世紀広場がある。 　この新旧対照的なエリアで写真を撮っていると、面白さのあまり時間が経つのを忘れてしまった。 　 　チェックアウト時間は正午であったが、少し余裕を持って１１時半に荷物を持ってフロントへ行った。 　フロント係の女性服務員はすぐに客室係に電話連絡をし、部屋の備品で盗まれた物がないかをチェックする。 　客室係から返答の電話がフロントに返されるまで、しばらくの間待たされた。 　５分ほど待たされると電話が鳴り、備品はすべてあるので精算はないことがはっきりした。 　そこで、預けてあったデポジットの３００元 （約 4,800 円） を返してもらおうと、預り証を女性服務員へ渡した。 　ところが、返された金額は２２０元で、８０元 （約 1,280 円） も少ない。 　さらに、＜確かに返してもらいました＞ と印刷された預り証の欄にサインをしろと言うではないか。 　「ちょっと待て！　なんで２２０元なの？　３００元は！？」 　日本語と英語で抗議するが、英語の話せない女性服務員はキョトンとしている。 　預かり証に手書きされた ＜￥３００ （300元）＞ の文字と、差し出された２２０元を交互に指差し、ジェスチャーで尋ねるとやっと理解したようだ。 　しかし、 　「☆▲∞£＃☆○§◇∋◆∠…」 　その回答は何を言っているのか分からない。 　ノートを差し出し、文字で書いてもらってやっと言っている意味が分かった。 　それは、「シングルルームが満室でツインルームになったのだから、差額の８０元を差し引いた」ということであった。 　「なんだよ、それ？」 　頼んでもいない部屋のグレードアップを勝手にしておいて、差額の料金を取ろうなんてとんでもない話しだ。 　「誰がグレードアップを了解したんだよ！」 　日本語で抗議をするが、相手は首を横に振りながら２２０元と預り証を押し返し、サインしろと迫った。 　「サインしろ！」 　「３００元返せ！」 　の押し問答を繰り返したが、なかなか埒があかなかった。 　そこで、ノートに ＜雲南旅行　毛先生＞ 、さらに携帯電話番号を書いて、そこに電話するように見せた。 　しかし、女性服務員はそのノートを見るが雲南旅行ではなく、どこか別の場所に電話をした。 　『警察か？ それとも中国マフィアのような怖いお兄さんたちに応援を呼んだのか？？？』 　嫌な想像が頭をよぎった。 　ところが、受話器を置いた女性服務員は手の平を返したように満面の笑みを浮かべ、 　「謝謝！」 　と言いながら、３００元を返してきた。 　今の電話、どこで誰と何を話してたの？ 　 　最後にどどっと疲れを残し、９日間に渡る雲南省の旅はこうして幕を下ろした。

（完） ≪前ページへ　　　　　［目次へ戻る］