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インドネシアで熱出した! (前編) |
チャラ男とチャラ子 「一人旅っすか? すごいっすね!」 インドネシアのジャワ島には仏教やヒンドゥー教の巨大な寺院遺跡が点在する。 わずかな休暇を利用して、この学術的にも美術的にも貴重な遺跡を見学しようと向学に燃えていたのに、現地に向かう飛行機がバリ島乗り換えだったので、機内は頭を茶色に染めたチャラ男やチャラ子たちで溢れていた。 3人掛けの窓際に席を確保したものの、隣の2人はやはりサーファーのチャラ男とチャラ子だった。 彼らはとても気さくに話し掛けてきた。 「ジャワ島に行くんっすか? それってドコっすか?」 「君たちの行くバリのすぐ隣の島だよ。バリで飛行機を乗り換えて1時間くらいだね」 「飛行機の乗り換えっすか!? すごいっすね。旅慣れてるんっすね!」 おいおい、たかが飛行機の乗り換えくらいで旅慣れてる≠ネんて大声で言わないでくれ。恥ずかしいではないか! そんなこんなで少々ズレた会話だったが、機内では話しも盛り上がった。 やがてインドネシアの入国カードが配られた。 「これってどうやって書くんすか?」 「あ、じゃあ教えるから一緒に書こうか。まずは名前とかパスポート番号は分かるよね」 「英語で書くんすよね」 「はぁ? インドネシアの人は漢字じゃ読めないだろうね…」 「このおきゅぱてぃおん…≠チてなんすか?」 「え??? あ〜OCCUPATION≠ヒ。職業だよ。君たちは学生さん?」 「いや、会社員っす」 あれ、意外にも社会人だったのね… (^^; 「じゃあ、ここにマルして」 (世話の焼けるヤツらだ…) 「このあどれす いん いんどねしあ≠ノは何と書けばいいんすか?」 「滞在先のホテルだけど、ドコに泊まるの?」 「え〜っと…… あれ? 何ていうホテルだっけ??? チャラ子知ってる?」 「私、知らないわよ〜 チャラ男がもらった日程表は?」 「へっ!? 日程表はトランクに入れて預けたけど…」 「何やってんのよ! それは機内に持ち込まなくちゃダメでしょ! まったくぅ!」 (とことん世話の焼けるヤツらだ…) 「まぁまぁまぁ、ケンカしないで…。じゃあHappy Hotel≠ニでも書いておきなよ」 「えっ、はっぴーほてる…っすか?」 「気に入らなきゃHappy Grand Hotel≠ナもFirst Hotel≠ナもいいけど…」 「そっ、そんなんでいいんすっか!?」 「大丈夫、大丈夫。イミグレの係官がインドネシアのすべてのホテル名を知っているはずがないから…」 「はぁ… そうっすか…」 「ところで、バリ島に到着したあとは大丈夫? おじさんは二人のことがとても心配だけど…」 「平気っす! HISの人が空港で待ってるっすから」 「そう、それならおじさんは安心っす!」 って、こっちまでがつられてしまったではないか… 世話の焼ける二人を乗せた飛行機は、定刻どおりにバリ島のデンパサール空港に到着した。 「ぽからさん、入国も付き合ってくれないっすか?」 ここまで付き合ったのだから仕方ない。 世話の焼ける二人をHISの人に引き渡すまで、我慢するしかないだろう。 三人でビザなしのカウンターに並び、順番に入国審査。 係官からは二言三言質問されただけで、入国審査は完了。 後ろのチャラ男とチャラ子も滞在先の質問に、 「ハッピーホテルです!」 と元気良く答え、まったく問題無く手続きが済んだ。 手荷物受け取りのベルトコンベアの前には、多くの乗客たちが自分の荷物が出てくるのを待っていた。 しばらく待たされた後、「ギュイ〜ン」 と音を立ててベルトが回転し始めた。 しかし、続々と出てくる荷物は大きなサーフボードばかり。 ちょっと待てよ! サーフボードは後だろ後! まずは紳士淑女のスーツケース、その次にバックパッカーのリュック、そして汚いダンボール箱とサーフボードだろ。 荷物の出てくる順番って、こんな感じで何となく暗黙の国際ルールってものがあるんじゃないのか? 第3順位のサーフボードが我が物顔で真っ先に出てきちゃ、そりゃマズイだろ… チャラ男とチャラ子のサーフボード、そして彼らの荷物は比較的早く出てきた。 「ぽからさん、いろいろとありがとうございました!」 ここからは自分たちだけで行けるとのことで、彼らはひと足先に大きな荷物を抱え、HISの係員の待つ税関の先へと消えて行った。 お荷物の二人がいなくなってホッとしたが、それよりも自分の荷物がなかなか姿を現さない。 いつ出てくるのか分からない荷物を待っている時って、かなり心細いぞ… お荷物でも二人がいてくれた方が安心感があるってものだ。 自分の荷物が結局は姿を現さないまま、「ギュ〜ン……」 とベルトが止まってしまう不安を抱きながら待つことさらに数十分。 やっとのことで我が相棒のバックパックが姿を見せた。 ところが、周回ベルトとの合流地点でサーフボードの下敷きになり、痛そうな姿の相棒が目の前に到着した。 失礼なサーフボードだ! サイケデリックな浴室 デンパザールでは国内線に乗り換えてジョグジャカルタに向かう。 国際ルールを無視したサーフボード優先のバッケージクレイムで時間がかかってしまったため、乗り換え時間があまりない。 ところが、国際線と国内線のターミナルは少し離れた場所にあるようだ。 国内線の発着場所がまったく分からなかったが、旅慣れている私は落ち着き払い、 「ジョグジャ! ドメスティック! あっち? えっ? どっち?」(ジョグジャカルタに向かう国内線乗り場はどちらでしょうか?【意訳】) と、その辺でプラプラしている地元の人々に尋ね歩き、どうにか国内線ターミナルにたどり着くことができた。 乗り継ぎカウンターには列ができていて、先頭で手続き中のフランス人女の二人組みが、カウンターの職員にいちゃもんを付けていた。 どうやら荷物の重量オーバーで、かなり高い追加料金を請求されているようだ。 「追加料金を免除しろ」と食ってかかるフランス女に、「それはできない」と職員は拒否。 そんなやり取りをいつまでも続けているのだった。 魔除けのお面に絵画、凧、民芸品… お土産の買い過ぎだ! すぐ後ろにいたインドネシア人の男性が、イライラしてフランス女に文句を言ったら、逆にすごい剣幕で言い返されてしまう一幕もあり、カウンター前には嫌な空気が流れていた。 薄暗いバス乗り場のような待合室は各地へ向かう乗客で賑わっていた。 やがて 「ガラガラ〜」 とサッシの扉が開けられると、 「ジョグジャ〜、ジョグジャ〜」 と係員がやる気のなさそうな声でそう言った。 どうやら自分が乗ろうとしている飛行機のようだ。 「GA255?」 とフライトナンバーを尋ねると、係官は何も言わずに航空券をさらっと見て 「そうだ」 と頷いた。 搭乗前の航空券の確認もないままに機内に誘導され、ジョグジャカルタ行きの飛行機は陽が沈んだ暗い滑走路を静かに飛び立った。 ジョグジャカルタまでのフライトはちょうど1時間。 しかし、バリとジョグジャカルタの間には時差が1時間あるので、19時25分に飛び立った飛行機は 19時25分に到着した。 何か変な感じだ… 機内はむちゃくちゃ空いていたし、サーファーはひとりも搭乗していなかったので、到着した空港での荷物のピックアップはすぐにできた。 まぁ、ここでは国際ルールがしっかりと守られており、紳士淑女のスーツケースの後にバックパックが出てきたが… 「ぽからさんですね? どんだけ〜 でもそんなの関係ねぇ〜!」 うわぁ! いきなりインパクトのあるお出迎えだ。 今回の旅では、ホテルの手配と送迎を事前にインターネットとメールで手配していたのだ。 彼がホテルの従業員で送迎や観光のアレンジをしてくれるブディさんだった。 ボビー・オルゴンにどことなく似ており、ウケ狙いの言い間違いはないものの、喋り方もそんな感じだった。 彼は独学で日本語を学び、通常の会話はまったく問題なくこなせた。 「はい、ぽからです。よろしくお願いしま〜す!」 「ぽからさんの荷物はどんだけ〜? そんだけ〜? OK、ではホテルまで行きましょ」 (このキャラに早く慣れねば…) ホテルまで向かう車中では、ブディさんがインドネシア人の生活や観光地のことなどについて、丁寧に説明をしてくれた。 こちらは今回の旅行期間が短いことを話し、効率良く観光ができるように行きたい場所をリクエストし、車の手配をアレンジしてもらうことにした。 明日と明後日はブディさんも予定が無いとのことで、通訳として一緒に同行してくれることになった。 キャラにさえ慣れてしまえば、それはとても心強いことだ。 ホテルは町の南のプラウィロタマン地区にあった。 空港から車で30分ほどだった。 周囲は静かな住宅街で、王宮にも近くて便利な場所だ。 オープンな感じのレストランとフロントを抜けると、緑深い中庭を取り囲むように2階建ての客室があった。 部屋は清潔でそこそこの広さがあったが、唯一の窓が廊下に面しているため、カーテンを開けることができずに暗かった。 壁がレンガでできているので、インターネットの情報では 「これはまるで独房だ」 と評していた旅行者もいた。 そう言われればそんな感じもしないではないが… このホテルの売りは浴室にあった。 地元の芸術家が造ったというその浴室は、壁が原色に近い赤黄緑のペイントでジャングルのような絵が全面に描かれてあり、バスタブはカボチャを真っ二つに切ったような形をしていた。 一言で言えばサイケデリック≠ネのだろうが、実際に使用してみると芸術優先で機能的ではなく、使い勝手は悪かった。 世界最大級の仏教遺跡 翌朝6時。 現地語しか話せないドライバー氏とブディさん、そして私の3名で、まだ薄暗い町を車で出発した。 車は新車のワゴンで、3人しか乗っていないのにこの広さはもったいない。 地球にやさしくないぞ。 軽自動車でも充分だ。 まず向かったのは、町から1時間弱の場所にあるボロブドゥール遺跡だ。 密林にその姿を隠した遺跡は巨大な仏教寺院で、紀元8世紀前後に造られたと推測されている。 遺跡に到着するまでにブディさんはボロブドゥールの歴史や概要を丁寧に解説してくれ、そのときは 「ほほ〜っ」 と興味深く聞いていた私であったが、すぐにすべてを忘れてしまった。 まぁ、こんなものだ。 それよりも何よりも、私としては世界三大仏教遺跡≠制覇することのほうが大関心事なのである。 世界三大仏教遺跡とはこの 「ボロブドゥール」 の他、「アンコールワット」(カンボジア)、「バガン」(ミャンマー) で、すでに2ヶ所の遺跡には行ったことがあるので、今日でめでたく三大仏教遺跡の制覇となるのだ。 しかし世界三大仏教遺跡≠ヘメジャーとは言えず、友人にそのことを自慢気に話しても、 「ふ〜ん……」 とつれない返事が返ってくるだけだった。 世界三大仏教遺跡を訪ねることは偉業≠セと私の中では思っていたが、世間ではそれほどのことではないようだ。 ところが、世界三大がっかり名所≠フ話しになると、 「シンガポールのマーライオン、コペンハーゲンの人魚像、ブリュッセルの小便小僧が定説だよね」 「いやいや、そこにドイツのローレライも入れるべきだね」 「それよりも、シドニーのオペラハウスだよ。これは外せないね」 「最近ではニューヨークのタイムズスクェアも入るらしいよ」 と俄然に盛り上がる。 同じ世界三大〜≠ナもこうも違うものか… ボロブドゥール遺跡は整備された広大な公園の中にあった。 チケット売り場で入場券を買っていると、ブディさんが一人のおじさんを連れてきた。 「彼は日本語ガイドです」 「あっ… ブディさん、ガイドは不要ですよ」 「大丈夫です。彼は私の友達です。日本語を勉強したいからタダで案内をさせて下さいと言ってます」 「タダってわけにはいかないでしょ? チップすら払えないけど本当にいいの?」 「ぜんぜん大丈夫です〜」 と言うので、ラッキーにもタダで専門のガイドが同行してくれることになった。 緑豊かな遊歩道をしばらく歩いて行くと、突然それは目の前に現れた。 「でっ、でかい!」 高さは10階建てほどのビルに相当する34.5メートル、そして一辺が123メートルもある正方形の寺院は、その全面に緻密なレリーフが施されてあった。 中央に最上段へ登る石段があり、中心部にはハンドベルの形をした大きなストゥーパがそびえていた。 これはかなりインパクトのある遺跡だ! 遺跡に到着したのは7時前。 ここは遺跡から眺める日の出が人気で、そのツアーがちょうど終わったあとで、さらに一般の観光客が押し寄せてくる前の時間だったので、遺跡には係員がヒマそうに雑談をしているくらいで、観光客の人影を見ることはほとんどなかった。 「さ、空いているうちに見学しちゃいましょ」 と促され、壁面に刻まれたレリーフの物語りの解説を聴きながら、段々状になった寺院を1段ずつ回った。 レリーフの多くが薄茶色のペンキで塗られている。 「これは、遺跡を発見したオランダ人がレリーフを見やすくするために塗ったのです」 だそうだ。 余計なことするな、オランダ人! 5段ほどの回廊にビッシリと彫られたレリーフを見学しながら、最上段まで登る。 最上段はテラスのようになっており、中央の巨大なストゥーパを囲むように、数多くの小さなストゥーパが規則正しく並んでいた。 その中には1体ずつ仏像が安置されており、格子状になった石組みの隙間から手を伸ばして仏像に触れることができるとご利益があるそうだ。 石段に腰を掛けてストゥーパの列、そしてその向こうに広がる森をぼんやりと眺めていると、 「…ハロー!」 と声を掛けられた。 声の方向を見ると、高校生くらいの男女の学生が4名ほどが、恐る恐るといった感じで声を掛けてきた。 ニコッと微笑み返して手招きをすると、彼らの表情から緊張感が一気に消失し、口々に「ハロー」を連呼しながら私の周囲に集まった。 彼らは地元の学生で、学校の授業でやって来たそうだ。 全員が英語をほぼ話すことができ、すぐに質問攻めに遭った。 「どこから来ましたか?」 「日本です」 「うわぁ〜! 日本だって!」 と仲間うちで復唱して大騒ぎ。 「日本から何時間くらいかかるのですか?」 「ん…飛行機で8時間くらいだったかな…」 「うわぁ〜! 8時間だって!」 とさらに仲間うちで大騒ぎ。 「インドネシアにはどのくらい滞在するのですか?」 「短いよ。わずか3日だけだよ」 「うわぁ〜! 3日だって!」 とまたまた大騒ぎ。 「ボロブドゥール以外にどこに行きましたか?」 「ここがインドネシアでの初めての観光地だよ」 「うわぁ〜! 他にどこへも行ってないんだって!」 ん… ちょっとニュアンスが違うんだけど… まぁ、いいか… 「結婚はしてるんですか?」 プライベートなことにまで質問は及んだ。 「うん、してるよ」 と左手の指輪を見せると、 「うわぁ〜! 結婚してるんだって!」 と… 「結婚していて何が悪い!」 と言いたくなるような反応だ。 こんなどうでもいい質問を20分くらい代わる代わる受けた。 やがて先生らしき人が彼らを呼びにきた。 どうやら集合時間になったようだ。 「最後に写真いいですか?」 感受性豊かな高校生たちは、この異国からやってきたダンディーな紳士を一生の思い出としてアルバムの1ページに残したいようだ。 「うん、構わないよ」 彼らをやさしく包み込むようにそう引き受けた。 すると、 「ありがとうございます! じゃあ、このシャッターを押して下さい。押すだけですから…」 とカメラを手渡された。 え?…… へっ!? カメラマンとして!? あっ、そういうことなのね… すっかりニヒルにポーズを決めようとしていた自分が恥ずかしいではないか。 「では、並んで並んで、ハイ、チーズ!」 パシャッ! 「ありがとうございました。楽しかったです」 「うむ、こちらも楽しかったよ。でも最後の写真だけは楽しくなかったぞ」 「お名前を教えてもらっていいですか?」 とひとりの少女がメモ帳とペンを渡すので、 『篠山紀信』 と大きくサインをしてあげた。 |
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