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タイ ぐうたらひとり旅 (第一章・タイの道路はサーキット) |
プロローグ オレンジ色の光に包まれた深夜の道路をタクシーは疾走していた。 メーターを見ると時速120キロで走行しているのだが、あまりスピード感はない。 なぜなら、周囲の車も同じような速さで走っているからだ。 しかし、ここは高速道路ではなく一般の道路である。 しかも、どの車もムキになって追い越しをかけてくる。 ウインカーも出さずに割り込んでくるのは当たり前である。 我がおばちゃんドライバーも負けじとその流れにのっていた。 (やっぱ、タイだよなぁ〜) 何故タイなのか? ―― 理由な無い。 ぐうたらひとり旅に相応しいと思った国がタイであっただけだ。 仕事の関係では、正月の挨拶まわりがひと段落ついた時期を狙って上司に交渉し、どうにか10日間の休暇をゲットした。 今回の旅も往復の飛行機だけを予約し、それ以外はまったく未定にしていた。 もちろんどこを訪問するかも未定で、この時点ではタイを周遊するか、それともカンボジアかネパールあたりでもさらに進むかと漠然と考えていた。 決めていたのは旅の資金だけである。 10日間で、250ドル+1,300バーツ = 約33,000円 の予算だ。 まぁ、これだけあれば贅沢はできないものの、貧乏旅行を強いられることはないだろう。 成田の出発が夜だったので、この日は夕方まで仕事をし、箱崎シティーエアーターミナル経由で空港まで向かうことにした。 前夜に少し飲み過ぎたので、重い頭と重いリュックを持って、ラッシュアワーの電車に揺られての出勤だ。 この日は仕事に身が入らず、早く夕方になることばかりを待ち望んでいた。 しかし、そんな自分がこれから季節外れの長期休暇を取ろうとしているのに、職場のみんなは暖かく見送ってくれた。 飛行機は毎度おなじみのノースウエスト航空なので、箱崎にてチェックインをおこなう (現在では廃止されている)。 そこからリムジンバスで成田に向かうのだが、バスを待っている間に出国手続きも済ませておいた。 これで成田の長蛇の列に並ぶことなく、優越感に浸りながらクルーと一緒のゲートから出国ができる。 NW001便は定刻の18時20分、満員の乗客を乗せて日本を飛び立った。 快適な空の旅は7時間ほど続き、タイの首都・バンコクのドン・ムアン空港に到着した。 時差が日本とは2時間差あるので、到着時刻は同日の23時半である。 飛行機を降りると、東南アジア特有のジメッとした空気に包まれるのかと思っていたが、今は乾季のせいか肌寒いほどである。 入国手続きはいたって簡単で、あまり待たされることもなく、また質問されることもなくすんなりと入国ができた。 バンコクの第一歩 空港ロビーはこんな時間だと言うのに、かなりの人がいて活気に満ちていた。 (さて、今日の宿をどうしようかな・・・) と思っていると、赤いブレザーに身を包んだおじさんが近寄って来た。 彼はタイ王国政府観光庁 (TAT) の職員である。 が、日本の役人と違うところは、営業活動に熱心なことである。 「ホテル、ホテル、タクシー、タクシー」 と一生懸命に勧誘するのであった。 きっとバックマージンが貰えるのであろう。 こちらが少しばかり躊躇しているうちに、同じブレザーのおじさんやおばさんに取り囲まれてしまった。 みな、口々に 「ホテル、タクシー」 の連呼である。 彼らに身を委ね、TATのカウンターでホテルのリストを見せてもらう。 今日は初日でもあるし、こんな時間でもあるので、少し贅沢をして1泊の予算を800バーツ (約2,400円) と決めていた。 リストの中の 『バイヨークスイート・ホテル』 (1,000バーツ〜) が目に入った。 無理だとは思ったが、 「ここ、もっと安くならないかな?」 と訊いてみた。 すると予想に反してブレザーおじさんはホテルに電話をかけ、あっさりと600バーツ (約1,800円) に値切ってくれた。 しかも朝食付きだそうだ。 さて、ホテルまでの移動だが、すでにほとんどの公共交通機関は終了していると言う。 24時間運行のバスはあるらしいが、それらのバスではそのホテルまで遠いそうだ。 仕方なくタクシーの手配も依頼する。 タクシー (エアポートリムジン) は市内まで均一料金で、650バーツ。 なんと、ホテル代の方が安いのである。 ほどなくして迎えに来たタクシーは、おばちゃんがドライバーの自動車電話付きの車であった。 おばちゃんドライバーは走り出した途端に猛スピードをあげ、前を走る車を片っ端から追い抜いて行った。 追い抜かされた車も、仕返しとばかりに我がタクシーを抜いて行く。 タイの交通法規では、前を走る車は必ず抜かなくてはいけない決まりになっているのだろうか? 「そんなに急がなくてもいいよ」 と言いたいところだったが、わがタイ語のボキャブラリーに 「急いで下さい!」 はあってもその逆は無かった。 ここは天とおばちゃんにすべてを委ねるしかなかった。 そう思った途端、なんだか開き直った気分になり、このデッドヒートを楽しむ余裕が出てきた。 異国の夜はオレンジ1色になる。 日本の街灯は白色のため明るさと言う点では申し分ないが、美しさに欠ける。 諸外国のそれはオレンジ色のためとてもきれいである。 このオレンジ色に染まった町を眺めるたびに、日本を離れたんだとつくづく思うものである。 おばちゃんの運転にも慣れ始めた頃、車はバンコクの市心に入っていた。 この町の交通渋滞は世界的に有名なもので、すでに夜中の1時になろうとしているのに激しい渋滞を起こしていた。 おばちゃんは急にハンドルを切り、狭い路地裏へと入って行った。 そこは迷路の様に入り組んだ道で、車がやっと一台通れるほどの所であった。 にも関わらず、おばちゃんは相変わらずのスピードで疾走するので、思わず 「ヒィー」 と声を上げてしまった。 突然、道が行き止まりとなって車が停車した。 周囲は暗くて良く分からないが、目を凝らして見ると廃墟のような建物が林立している。 こんな所で 「金を出せ!」 と言われたら、いくら相手がおばちゃんと言えども 「はい」 と素直に差し出してしまうだろう。 そんなことを考えていると、浅黒い体格の良い一人の男が車に近づき、おもむろに座席のドアを開けた。 (えっ?) そして次の瞬間、おばちゃんがいきなりこちらに振り向き、 「着いたよ〜」 男はホテルの従業員であった。 男にリュックを運んでもらい、あとに付いて行く。 ホテルの入口はとても狭いが、エレベーターで5階に上がると立派なフロントが構えてあった。 (ホントに600バーツで大丈夫なのかな・・・) 一抹の不安があったので、フロント氏に確認してからキーを受け取る。 ルームナンバーが 『308』 となっていたので、 「3階の部屋だね」 と客室係に言うと、 「いいえ、30階です」 と言われる。 暗くて全く気付かなかったが、ここは40階建ての高層ホテルだったのだ。 しかも通されて部屋は、入るとすぐに広々としたリビングがあり、その奥にキッチンとダイニング。 扉で仕切られた隣室には、これまた広々としたベッドルームとバスが続くのである。 大きな窓が2方向にあり、バンコクの夜景がとても印象的に目に飛び込んできた。 客室係は丁寧にスイッチ類の説明をしてくれているのだが、こちらは先ほどから気がかりなことがあった。 (チップ、どうしよう・・・) ポケットの中の札は一番小さなものでも50バーツ。 いくら何でも、こんなにはあげられない。 (いいや、どうせ一晩だけだからトボけちゃおうっと) チップを待っている様子の客室係に、丁重なお礼を述べて退散願った。 |
(第一章 終) [目次へ戻る] 次ページへ≫ |