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ちょっくら、ハノイ

悪質な客引き



 初めてベトナムを訪問したとき、
 「こんな国、二度と来ないぞ!」
 と固く心に誓った。
 私は意志の強い人間なので、その固い決意を今でも抱きながら、これで3回目のベトナム訪問となった。
 その勢いは以前に比べれば弱くなっているものの、しつこい客引きと観光客を騙そうとする輩が多く、ベトナムは自分にとって気の抜けない国なのである。
 女性ならば雑貨やエステを楽しむこともできるが、おやじパッカーにこれらは無縁。
 確かに食べ物は日本人の口に合って美味いが、どの国へ行ってもスパゲッティとフライドライス (=炒飯) しか食べない私にとって、その楽しみも関係ない。
 それなのに何故か惹かれてしまう国、ベトナム…
 今回は3連休に有給休暇を1日付けて、わずか4日間、実質2日半のハードスケジュールでハノイを駆け足で訪問した。

 成田空港からハノイへは直行便で約5時間半。
 機内食を食べてウトウトしたらもう到着だ。
 ハノイはベトナムの首都。なのに、空港が小っちぇ〜
 「機能的な空港なんです」
 とベトナム人は言っていたが、コンパクト過ぎはしないか?

 入国審査はすんなりと終わり、税関審査はまったくなし… と言うより、グリーンレーン (申告なし) には税関職員が誰もいなかった。
 ロビーに出ると大勢の客引きたちが怒涛の勢いで押しかけており、鴨を狙って目をギラギラと輝かせている… かと思ったら、そんなことはまったく無く、名前の書かれたプラカードを控えめに持った数人の出迎えの人がポツンポツンといるだけだった。
 かなり拍子抜けだ。

 ハノイ市内へはここからタクシーかバスを使わなくてはならない。
 まだ午後3時前だというのに、空港の外は閑散としており、数台のタクシーが静かに客待ちをしていた。
 その少し離れた場所のミニバス≠ニ書かれた駐車スペースに1台のワゴン車が停まっており、たくさんの欧米人バックパッカーが乗っていた。
 係員らしき兄ちゃんによると、このミニバスは市内のホテルまで送迎してくれ、料金は一瞬考えた後に4ドル (US$) だと言う。
 こちらも一瞬考えてから、
 「OK、乗る」
 と答えた。
 ところが車内はすでに欧米人と彼らの大きな荷物で満杯状態で、私が乗る余地は無いように見えた。
 「これ、乗れるのか?」
 「ノープロブレムだ」
 と、兄ちゃんは車内の欧米人たちにもっと詰めるように指示し、強引に一人分のスペースを作った。
 そのスペースに申し訳なさそうに私が乗り込むと、乗車定員をまったく無視したワゴン車はすぐに出発した。

 何も無いだだっ広い所を走ること40分でワゴン車は市内に入った。
 まずは現地人を先に降ろし、しばらく走った後に運転手の兄ちゃんが我々のホテルを一人ずつ訊いてきた。
 私はホテルを決めていなかったが、インターネットで目星を付けていたパンホテル≠ヨ行ってくれと頼んだ。
 「パンホテルか? あそこはよく知っている。チープでいいホテルである。ん〜、実にチープで良い」
 「そんなにチープを強調しないで〜」
 「ところで、パンホテルは予約してあるのか?」
 と兄ちゃんが訊いてきたので、生まれてこのかたウソなどついたことのない根が正直で真面目な私は、何も疑うことなく
 「いや、予約はしていない」
 と答えた。
 気の抜けない国・ベトナムをすっかり忘れてしまい、そう答えてしまったのだ。
 「そうか。で、ハノイは初めてか?」
 もちろん純粋無垢な私は、
 「ハノイは初めての訪問だ」
 とこれまた正直に答えてしまった。
 自分でも気付かなかったが、この何気ない会話ですでに悪質客引きの魔の手に堕ちてしまったのだ。

 ゴミゴミとした狭い道をやたらと右へ左へと何度も曲がりながら、やがて1軒のホテルの前に停車した。
 運転手が助手席に乗っていた女の子に向かって
 「ここがあなたのホテルである」
 と英語で言っている。
 ホテルからは従業員の女性がワゴン車に走り寄り、「荷物はどちらですか?」 と急かしている。
 ところがその女の子は、
 「ここ、私が予約したホテルじゃないわよ…」
 と、困惑していた。
 しばらく押し問答があった後、彼女を乗せたままワゴン車は再び走り出した。
 そしてまた右へ左へとゴチョゴチョとワゴン車は走り、別のホテルの前に停車した。
 しかし、
 「ここも違う! 私が行きたいのはこのホテルよ!」
 と運転手に地図を示している。
 彼女は名古屋から一人旅でやってきた 幸子さん・27歳 (あくまで推定年齢)
 「どうしたの? ホテルが分らないの?」
 あまりに困っている様子の彼女に声を掛けた。
 「そうなんですよ。さっきから違うホテルばかり…」
 「地図を見せてもダメなの?」
 「見せるたびに 『OK! 分った!』 と言うのに、これで2軒目です…」
 彼女の予約したホテルは、日本のガイドブックには必ずと言ってよいほど掲載されている有名なホテルだ。
 「日本人には有名だけど、現地では無名なのかね…?」

 ワゴン車は再び街中を走り回り、また別のホテルの前に停まった。
 「着いたである」
 今度は私に向かって運転手はそう言った。
 「ここどこ?」
 「パンホテルである」
 窓からそのホテルを眺めたが、ホテル名は 『HOTEL』 としか書かれていなく、何ホテルだかまったく分らない。
 「本当にパンホテルか?」
 「そうである。間違えない」
 堂々と運転手がそう言うので、
 「こっちが先にホテルに到着しちゃったようだね。お先に!」
 と幸子さんに挨拶をし、ワゴン車を飛び降りた。
 ホテルのフロントから兄ちゃんがニコニコしながら走り寄ってきた。
 「ウエルカム〜!」
 「ここはパンホテル?」
 インターネットで見た写真と少し違うようなので、その兄ちゃんに訊いてみた。
 「……そうだ、パンホテルだ」
 「なんか違うような気がするけど…」
 フロントの周囲を見渡すが、ホテル名が書かれてあるようなものはまったく無い。
 「部屋を見るか? 25ドルと20ドルの部屋がある」
 「あれ? インターネットで見たら、もっと部屋のランクは幅があったけど…」
 とこちらが言っているのも無視し、兄ちゃんはデスクから鍵を取り出し、ついて来いと合図した。
 まぁ、とりあえず部屋だけ見るか… と兄ちゃんの後についてフロアーを上がる。
 このホテルは4階建てで、1階がフロント兼旅行代理店、2階から4階は部屋になっているが各フロアーに2室しかなかった。
 案内された部屋はなかなか広くてきれいで明るく、それなりの中級ホテルと言った感じで悪くはない。
 「どうする? 泊まるか?」
 「そうだな… 特に問題はなさそうだから、ここにするよ」
 「OK。じゃあ、これがキーな。フロントに戻ってチェックインをしてくれ」
 と渡されたキーを見たら、<STAR HOTEL> と書かれてあるじゃないか!
 「おい、兄ちゃん! 何だこのスターホテルって!? パンホテルじゃないじゃないか!」
 「えっと… 3ヶ月前に名前が変わったんだよ…」
 「ウソこけ! このキーホルダーは相当に年季が入ってるじゃないか!」
 あろうことか、ミニバスの運転手とホテルがグルになって、人を疑うことを知らない純粋なこの私を騙したのである。
 運転手は頻繁に携帯電話であちらこちらに電話をしていたが、
 「今からカモを一人連れていくから、パンホテルだと言い張ってくれ」
 みたいなことをホテル側と打ち合わせていたのであろう。
 東南アジアの多くの国では、タクシーなどがホテルに客を紹介するとコミッションがもらえる制度になっている。
 この運転手もそのコミッション目当てに、ウソをついて客を送り込んでいるようだ。

 『悪質なこのような手口もありますので、充分に注意しましょう』

 日本に帰国した後に読んだベトナムのガイドブックにも、しっかりとそう書いてあった。
 そこで、旅の教訓 ――

 <ガイドブックは旅行前に読もう!>

 騙されたことには腹が立ったが、場所は旧市街の中心に近く、部屋もそれなりに気に入った。
 セキュリティーも大丈夫そうだったので、温厚なこの私は兄ちゃんの悪行には目をつぶり、このホテルに荷を解くことにした。



雨宿り


 明後日のツアーを申し込むため、旅行代理店に行くことにした。
 前回にホーチミン市を旅したときにお世話になった、日系の旅行代理店だ。
 ホテルから歩くには少々遠いので、バイクタクシーに乗った。
 料金交渉では 「30」 (3万ドン=約206円) と吹っかけられたが、
 「いや、15で」 (1万5千ドン=約103円)
 と言うと、すんなりとOKしてくれた。
 
 旧市街は道が狭く、そこにバイクや歩行者が溢れかえっていた。
 しばらく走るとバイクは1軒のホテルの前に停まり
 「このホテルはチープでナイスなホテルだ」
 とのたまった。
 行先を告げるとき、違う旅行代理店に連れて行かれることを避けるために、目当ての旅行代理店のすぐ近くにあるホテル名を告げたのだ。
 それをバイクタクシーの運転手は、ホテルを探しているものと勘違いしたようだ。
 「いや、このホテルに行ってくれ!」
 と、バイクを再び走らせるが、
 「ならばこのホテルはどうだ?」
 と、またまた別のホテルに連れて行かれた。
 「い・い・か・らっ! ここへ行ってくれ!」
 仏のように温厚なこの私でも、だんだんと苛立ってくる。

 わざとではないようだが何回か道に迷って行ったり来たりしたが、やっとのことで目当ての旅行代理店に到着した。

 明後日はハロン湾を観光する予定で、日帰りツアーの申し込みをおこなった。
 「出発はホテルでピックアップしますので、ホテル名を教えてください」
 代理店の女性スタッフからそう言われた。
 「ホテル名は…えっと… あっ、スターホテルです」
 「…えっ? どこですか、それは?」
 「オールドクォーター地区の… この辺です」
 と、地図を指さす。
 しかし、その女性スタッフは首を傾げ、現地人スタッフに訊いていたがそれでも分からないようだった。
 「住所は分かりませんか?」
 「住所ですか… 電話も住所も分かりません…」
 「そうですか。では、フロントで住所を確認してご連絡下さい。もし分からない場合は、当日この事務所に集合して下さい」
 ということで、ツアーの予約を終わった。
 ほとんどのホテルに精通している旅行代理店のスタッフですら知られていないホテル… 本当に大丈夫なのか???

 旅行代理店を出ると、それまで晴れていた空は真っ黒い雲に一面覆われていた。
 遠くで雷鳴も聞こえる。
 これは一雨きそうだ。
 そう思って近くのカフェに飛び込んだ瞬間、ゴォーという音とともに激しいスコールとなった。
 間一髪ってとこだ。
 外は雨で真っ白になり、人々がずぶ濡れになって走り回っている。
 雷鳴も瞬く間に近付いてきた。
 カフェの軒先で雨宿りをする地元の人々をぼんやり眺めながら、ビールを飲んで雨が止むのを待つ。

 ビールを2本ほど空けたところでスコールは止んだ。
 外はいたる所で冠水し、それを迂回しながら街を行く。
 ホテルに戻る途中に水上人形劇場があった。
 水上人形劇は10世紀から伝わるハノイの伝統的な芸術で、世界的にも有名なものだ。
 ハノイに来たらぜひとも見ておきたいものの一つである。
 この日も団体観光客で劇場は賑わっており、その人気ぶりが伺えた。
 チケット売り場へ行き、明日の夕方のチケットが取れるかどうか訊くと、
 「明日は16時の回しか空いてません」
 と言われた。
 もう少し遅い時間を希望していたのだが仕方ない。
 この回のチケットを購入してホテルに戻る。



お茶パワーで疲れを癒す


 翌日は1日かけてハノイ市内を散策する。
 8時にホテルを出発し、まずは近くの食堂で朝食を摂りながら地図を広げ、計画を練る。
 ハノイはフランス統治時代に総督府がおかれていたので、今なおフレンチコロニアルの建物が多く残っている。
 これらの建物をウォッチングするだけでもとても楽しい。

 今日は日曜日なので、街の中心にあるホアンキエム湖には多くの市民が遊びに来ていた。
 朝っぱらからアベックはイチャイチャとし、その間でおばちゃんたちが訳の分からないクネクネ体操をしていた。
 そんな光景を眺めながら、湖を半周する。
 途中で、
 「どこから来ましたか?」
 などと馴れ馴れしいおやじや姉ちゃんたちに声を掛けられ、
 「日本だよ」
 と答えると
 「オハヨウゴザイマス」
 と言うので、
 「日本語、上手いね〜」
 とお世辞を言う。
 すると
 「どこへ行きますか? 観光しませんか?」
 としつこく迫ってくるのであった。
 頼むから放っといてくれ!

 コロニアル建築の代表格である大劇場 (=オペラ座)、そしてネオゴシック様式の大教会を見学する。
 大教会ではちょうどミサの時間で、多くの敬虔なクリスチャンが祈りを捧げていた。
 大劇場も大教会も、どちらも魅入ってしまうほどの見事な建築物だ。
 
 この時期のベトナムは結婚式のシーズンなのであろうか?
 街じゅうのいたる所で、結婚写真を撮影しているカップルを見かけた。
 純白のウエディングドレスとタキシードを着たアベックが、人目もはばからずにド派手なポーズを決めて撮影をおこなっている。
 そのポージングは見ているこっちが赤面してしまう。
 
 旧市街に足を運び、昨日の旅行代理店に立ち寄ってホテルの住所を告げる。
 このエリアは職人街とも呼ばれ、狭い路地に同じ業種の職人たちの店が集まっている。
 この一角は印鑑、向こうの一角は工具、そしてその向こうは漢方薬… と、場所によって売っているものが異なるのだ。
 そしてその扱う種類の多いこと、多いこと。
 ありとあらゆる生活必需品はこの旧市街ですべて揃ってしまう。
 歩道は店の商品や駐車しているバイクで埋め尽くされ、否応なしに車道を歩かねばならない。
 車道はバイクと人が混沌となっている。
 ゆっくりとマイペースで歩くことは困難で、少し歩くのにも疲れてしまうが、それでもこの庶民的な街は飽きない。
 
 歩道の隅に、銭湯で使うような小さな椅子を4つほど出して商売をしている老婆がいた。
 老婆はお茶を淹れて売っていた。 露店のお休み処≠ニ言ったところだろうか。
 私に手招きするので、そのまま引き寄せられるようにして小さな椅子に腰を下ろした。
 老婆は急須にお茶っ葉を入れ、ポットのお湯を丁寧に注ぐ。
 そしてクーラーボックスの蓋を開け、「入れるか?」と中の氷を私に見せた。
 「えっ、氷!? お茶に入れるの?」
 どうやらお茶をアイス≠ノするかホット≠ノするかと言うことらしい。
 ホットで飲みたいとジャスチャーで伝えると、老婆は大きく頷いてお茶エキス≠フような濃い緑色の液体をガラスのコップに入れた。
 このガラスのコップに先ほどの急須のお茶を注ぎ、グルグルとかき回しながら差し出してくれた。
 このお茶が実に美味かった。
 日本で飲むお茶とほとんど変わらないのだが、コクと味がしっかりしており、歩き疲れた体に染み渡ってくる。
 コップのお茶が少し減ると、まるでわんこそば≠フように老婆はすぐに注ぎ足してくれた。
 「もういいですよ」
 と言うまで、きっと延々に注ぎ足してくれそうな勢いだ。
 老婆とは言葉が通じないため、二人で黙ったまま路上に座ってぼんやりとする。
 そして、ハノイの街にまた少し溶け込めた感じがし、嬉しくなった。

 老婆のお茶を飲んで元気を取り戻し、再び歩き始める。
 やがて、タイ湖という大きな湖に着いた。
 この湖の小島には鎮国寺というベトナム最古の寺院がある。
 真っ赤に染められた仏塔に風情があるらしいので行ってみた。
 ところが、門は固く閉ざされており、その門前には二人のおばちゃんが腰を下ろして談笑をしていた。
 「入れないの?」
 と日本語で訊きながら門を指さすと、おばちゃんたちは
 「モツアイだから入れない」
 と言う。
 「モツアイって何?」
 「うん、モツアイよ」
 「モツアイ…?」
 「そう、モツアイよ」
 ベトナム最古の寺・鎮国寺はモツアイのために見学できなかった。
 モツアイなので仕方がない。
 次にハノイに来ることがあったら、モツアイでないときにこの寺に来よう。

 続いてホーチミン廟に向かった。
 ホーチミン廟はベトナム建国の父であるホーチミン氏の遺体が眠っている。
 その遺体は特殊なホルマリンで処理されているらしく、今でも生きているかのような肌つやらしいのだ。
 見学は誰でも無料でできるので、ここはぜひ見ておきたいと思っていたが、到着したときにはすでに見学時間が終了していた。
 見学時間は午前中、それも10時半までとのことだ。
 ずいぶんと閉まるのが早くねぇか〜?
 やはり、ガイドブックは事前に読んでチェックしておくべきである。
 ホーチミン廟の前をボーッと歩いていたら立ち入り禁止の歩道に入ってしまい、警備兵に怒られた。
 見学はできないし警備兵には怒られるわで、とんだホーチミン廟である。



コミカルな水上人形劇


 ホーチミン廟から足の向くままにブラブラとホアンキエム湖まで戻ると、時刻は午後4時近くになっていた。
 こう書くと何もしないうちに一日が経ってしまったようだが、この間には街中を歩き回り、昼メシを食べ、しつこい客引きたちと戦っている。
 お茶休憩は3回もしたし、トイレにも3回行った。
 まぁ、そんなことは特筆すべきことではないので省略するが、いずれにしても予約をしていた水上人形劇の開演まであとわずかだ。
 劇場の待合室にはすでに多くの欧米人観光客が来ていた。
 ほどなくして入場が始り、チケットを持った人たちは2階への階段を上がっていく。
 人形劇をカメラやビデオで撮影したい人は、撮影許可チケットを別に買う必要がある。
 写真は1US$なので一応買っておこうかなと思ったが、誰ひとりとして撮影許可チケットを買っている人がいなかったので、「まぁ、写真を撮るまでもないかな〜」 と買わずに入場した。
 予約していた席はファーストクラス。
 飛行機ではとてもこのような席に座ることができないので、せめて人形劇ぐらいはリッチな気分を味わおう。
 座席は完全指定席で最前列の中央であった。
 劇場内は中央にバスクリンを入れたようなプールがあり、その側面の一段高くなった場所に楽器の演奏者の一団がいた。
 開演時間になると突然、
 「アイヤ〜〜〜ァ!」
 みたいな掛け声とともに、日本で言うところの笙や鉦、太鼓の演奏が始まった。
 そして、コミカルかつアクロバティックな動きの人形が中央のプールに現れた。
 人形が登場すると、歓声とともに多くのフラッシュがたかれた。
 おいおい、みんな撮影許可チケットを持ってないんだろ?
 根が正直で真面目な私も、最前列のベストポジションからシャッターを切った。
 やはり「撮りたい!」という自分の気持ちに正直であったのだ。
 撮影許可チケット? 性格が大らかな私はそんな細かい事は気にしない。

 人形劇は農作業を題材にした短い物語が中心で、言葉はまったく分からないが、その動きは観ているだけでも面白い。
 龍が現れて口から火(花火)を吹く場面もあり、なかなか客を飽きさせない演出だ。
 観客からどよめきと歓声が上がる。
 そんな観客の喜びとは対照的に、龍が吹いた花火の煙は一段上にいる演奏者たちのほうへモクモクと流れていき、演奏者のおばさんたちはとても迷惑そうな顔をして、大きな扇子でエイエイと扇いでいた。

 1時間弱の公演はあっと言う間に終わってしまった。
 最後にプール後方のつい立が上がり、人形の操者たちが姿を見せた。
 彼らは腰まで水に浸かって人形を操っていたのだった。
 これには観客も全員感動!
 鳴り止まない拍手と歓声。そしてフラッシュの嵐…
 この感動の中で撮影許可チケットのことなど、なんとちっぽけなことか。
 1日に何回も公演があるのに、ずっとプールに浸かっていたら冷えるだろうな… と彼らの体を心配するのであった。



龍が舞い降りた場所


 一昨日にベトナムに着いたかと思ったら、すでに今日が帰国日である。
 早い、早すぎる…
 最終日の今日は、日本語ツアーに参加してハロン湾を一日観光する。
 ハロン湾は世界自然遺産に登録されている風光明媚な海で、奇岩の小島が多数点在する風景から海の桂林≠ニ呼ばれている。
 朝8時、ホテルをチェックアウトしてロビー (と言っても細長い空間に椅子があるだけだが…) で待っていると、予定の時間どおりにマイクロバスが到着した。
 日本語ガイドのファンさんに案内されてバスに乗り込む。
 車内にはすでに5名ほどの日本人が乗っていた。
 「あ、ぽからさ〜ん!」
 私を呼ぶその声は、悪質な客引きワゴン車で一緒だった幸子さんだった。
 「あ、幸子さん!」
 「また一緒になりましたね〜」
 「あの後、ちゃんとホテルまで行けたの?」
 「それが大変だったんですよ…」
 彼女が言うには、その後30分近くにわたり5〜6軒の関係ないホテルに連れ回されたそうだ。
 最後はすごい剣幕で怒ったら、やっとのことで予約していたホテルまで行ってくれたそうだ。
 「そっか、大変だったね。こっちもまんまと騙されたよ」
 「もう、ベトナムは疲れました…」
 彼女はこれが東南アジアが初めての旅。
 空港に着いて早々にこのようなトラブルに巻き込まれ、その後もいろいろな所でぼられたそうだ。
 「こんな国、二度と来ないぞ!」
 と、初めてベトナムを訪問した時の私のように、彼女もそう思っているに違いない。
 そんな彼女に今言えることは、
 「それがベトナムのすべてじゃないよ」
 の一言だけだった。

 ツアーバスはいくつかのホテルに寄って客を乗せていき、総勢15名でハノイ市内を出発した。
 客は圧倒的に女性が多く12名が女性で、構成は3人連れが3組、2人連れが1組、1人参加が4名だった。
 ハロン湾はハノイ市の約170キロ東にあり、休憩も入れて3時間のバス旅である。
 途中の休憩では大きなドライブインに立ち寄ったが、このあたりでは陶磁器が盛んで、販売はもちろんのこと、工房での制作過程も自由に見学することができた。
 
 町が段々と賑やかになり、ホテルや土産物を売る店が増えてきた。
 どうやらハロン湾に到着したようだ。
 バスは観光客でごった返す港に停車した。
 ここで船に乗り換えてハロン湾を周遊する。
 我々だけの専用船は海賊船を小っちゃ〜くしたような船だ。
 ハロン湾の 「ハ・ロン」 とは 「龍が舞い降りた場所」 と言う意味で、デッキに上がるとまさに龍が舞い降りても何ら不思議ではない大風景が目の前に広がっていた。
 そそり立つ断崖絶壁の小島、それが幾重にも重なってとても神秘的な光景を創り出している。
 島の陰に突如現れる水上生活者の村。それはまるで神隠しの集落のようだ。
 この見飽きることのない風景を船の上からたっぷりと堪能した後、グロテスクな魚介類のいる生簀(魚市場)を見学したり、小舟に乗り換えて洞窟の先にある入り江へ行ったりと、ハロン湾の自然を楽しんだ。
 そして最後にティエンクン洞窟に上陸した。
 この洞窟はハロン湾の上陸観光の目玉でもあり、やはり多くの観光客が訪れていた。
 アップテンポのご機嫌な音楽が大音量で流れる船着場から、急な階段を昇る。
 洞窟の入口は狭いが、中に入ると想像を絶する大空間が広がっていた。
 何百年、何千年とかけて水滴が削った鍾乳石は、まるでクラゲのようだ。
 鍾乳洞としてはとても立派で貴重なものだが、洞窟内はやたらと赤や緑のライトに照らされていて、とてもケバい。
 何故こんなにケバくする?
 鍾乳石の間から水が勢い良く噴き出ているところがあった。
 「これは温泉とかが噴出してるんですか?」
 と、ガイドのファンさんに尋ねると、
 「いや、これはただの噴水です」
 とのことだ。
 何故こんな所に噴水を造る?
 
 せっかくの大自然を中途半端なテーマパークのようにしてしまった洞窟の見学を終え、我々は再び船に乗って帰路に着いた。

 ハノイ市内に着いたのは夜7時半頃だった。
 各ホテルで客を降ろし、帰るホテルの無い私が一番最後に旧市街の適当な場所でバスを降りた。
 
 ハノイに着いた初日に雨宿りをしたカフェで最後のビールと夕食を楽しみ、夜9時過ぎにタクシーをつかまえて空港へ向かう。
 ハノイから日本への直行便は、24時前後に成田、関空、中部と集中して出発する。
 そのため、空港のチェックインカウンター前には長蛇の列ができていた。
 その列は整理をする係員がいないのでかなりグチャグチャになっており、どこが最後尾だか分からず、乗客たちは右往左往していた。
 係員に訊いても要領を得ず、私も空港内を行ったり来たりし、やっとのことで列に並ぶ。
 チェックインまで1時間ほど並ばされた。
 搭乗開始まであと40分しかない。
 慌しく出国手続きを終えて搭乗ゲートへ向かう。
 搭乗ゲート前も案内表示がちゃんとしていなく、ソウル行きや関空行きがグチャグチャになっており、相当に混乱していた。

 ばたばたと忙しい2泊4日の旅は、こうして幕を閉じた。

 「こんな国、二度と来ないぞ!」
 という気持ちはどうなったか…
 私は初志を貫徹するタイプなのでその気持ちは少しも揺らいでいないが、それでもまた来ちゃうんだよな〜、ベトナム…
(完)



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